**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   288号 2013.5/5

◎中山間社会の密度では社会分業は成立しない

 社会分業になると、サービスの授受のための移動コスト(道路費、車費、移動時間など)が発生します。それは社会密度が低い程(必要サービスの分布エリアが広いほど)大きなコストになります。中山間地域では、そのコストは経済原理的にすでに限度を超えたものになっています。

 生活コストの内の「場所コスト」(土地+住宅+移動費)を単純な数値を使って都市と比較してみます。
 まず、中山間地域のコストですが、宅地300万円、住宅1500万円、生涯車費4500万円(夫婦で普通車と軽自動車の2台を60年使うとする)とすると、トータルで6300万円となります。

 次に車を必要としない地方都心部のマンションの場合は、場所コストはマンション費3500万円だけです。しかも都市部に暮らした方が仕事の選択肢は広いし時間のロスはありません。
 社会分業による生活は、中山間地域では成立していないと言えます。

 中山間地域の移動コストをもう少し考えてみますと、車のガソリン費は変数です。他国依存であり為替が絡みますから、コスト計算しようにも数値が確定できません。日本国債が暴落し、石油輸入ルートで戦争でもあれば大幅に「円」安に振れ、ガソリンは1リットル1000円ということも考えられます(堺屋太一「平成30年」ではガソリン千円の数値が出ている)。
 道路費も変数です。道路の維持管理財源となっている地方交付税交付金は一千兆円の負債を抱える政府から出ていますから1年先のことも見えません。

 国債の暴落でハイパーインフレにでもなれば、地方交付税交付金は数字だけはあるものの実体のないものになります。そうなったとき、受益者負担の原則で地区ごとに必要道路の維持負担をすることになればもう生活できなくなります。

 少し深く考えていくと、中山間地域では社会分業による生活は何も担保されていません。今の生活は石油輸入ルートで戦争が起きていない、日本国債がまだ暴落していないという幸運の上にある生活といえます。
 何かが起これば大きな影響を受けるのは中山間地域です。中東のリスク、国債のリスクはテレビや新聞でしばしば報道されていることですから、事が起きてしまうと原発と同じで「こうなることは判っていた筈だ。行政は何を考えていたのだ」ということになります。

 仮に何事も起きなかったとしても、先の生涯車費4500万円はすべての都市の勤労者に渡ってしまうお金です。地元には何も残りません。中山間社会が疲弊する大きな原因になっています。
 今の広域社会分業(日常生活で毎日何十キロも動く)という暮らし方に、中山間地域の未来は描けないと言えます。収支の合う暮らし方を考える必要があります。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  288号 2013. 5/5