**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   285号 2013.1/15

 今回は図書館で偶然目にした児童書の話しです。

 シンシア・ライアント作 「わたしがやまおくにすんでいたころ」という絵本ですが、作者のシンシア・ライアントさん(1954生の女性)はアメリカの文学賞をいくつも受賞した方です。ライアントさんが幼い頃、両親が離婚し、母と二人で暮らす事になったのですが、母が経済自立するために看護士の勉強をすることになり、その間の4年間母の実家(アパラチア山脈の山中にある炭坑村)に預けられ、その時の思いで話しです。
 預けられた家は、電気・ガス・水道のない暮らしで祖父(炭鉱夫)と祖母、それと従兄弟がいました。物語りには登場しませんが、おそらく作者の伯父夫婦がいたと思われます。

 以下物語りを抜粋紹介します。児童書ですから平仮名で書かれていたので適当に漢字に変えています。

私がまだ小さくて山奥に住んでいた頃
夕御飯のテーブルには
おばあちゃんが焼いたほかほかのトウモロコシパンと豆のシチュー、オクラ
のフライが並んだ

そんな日の真夜中、おばあちゃんは私と手をつないで
真っ暗な外のトイレまで付いて来てくれた
私は草むらを歩きながら、オクラのフライがいくらおいしくても
これからはひと皿にすると約束した

私がまだ小さくて山奥に住んでいた頃
私たちはタオルをもって、牛のいる草地を通り
林の中の池まで歩いて行った。
池は暗くて水は泥水、ときにはヘビも見かけたけれど
かまわず飛び込んで泳いだ

私がまだ小さくて山奥に住んでいた頃
丘を下った所に井戸があった
私たちはバケツに何杯も水を汲み、お湯を湧かして
ブリキのタライのお風呂に入った
その後、大きな黒いストーブの前で笑ったりふるえたりしながら
身体を乾かしていると、おばあちゃんが温かいココアを作ってくれた

私がまだ小さくて山奥に住んでいた頃
夕御飯がすむと、私たちはポーチに出てブランコに座った
おじいちゃんは小さなナイフで私の鉛筆を削ってくれた
おばあちゃんは豆をむいたり、私の髪を編んでくれた
足元には犬が寝そべり、頭の上にはたくさんの星が輝いていた
静まり返った森の中で「ボッ、ボッ、ホワイ。ボッ、ボッ、ホワイ」
とウズラが啼いた

私がまだ小さくて山奥に住んでいた頃
私は海を見たいとは思わなかった
砂漠に行ってみたいとも思わなかった
ほかの所に行きたいとは思ったことは一度もなかった
なぜって、私は山奥に住んでいて
それだけでいつも満ち足りていたから

 今から50年前のアメリカの山村の暮らしですが、日本でも50年前の山村は同じような状況でした。私は平野部で育ちましたが、小さい頃は水は井戸から汲んでいましたし、燃料は炭と薪でした。電気は通っていましたが、電気製品は無かったですから単なる明かりでした。子供にとっては夜の明かりは必要ないですから、便利だとかの感覚はありません。その頃は停電も多かったのですが、停電で困ったという話しは耳にしたことがありません。
 今から思うと、平和で安定度の高いシステムの中にいたと言えます。先のライアントさんと同じように外の世界を見たいとは思いませんでした。毎日が忙しいのです、遊ぶ事がいっぱいで・・・。

 その時代と比較すると今の生活システムは危ないすぎます。地球資源は一方的に消費するだけで補給を行いません。尽きて破綻するシステムの中に暮らしています。一品でも尽きれば(石油の残量が少ないというデータが出ただけで)、今の暮らしは終わりです。
 文明を体験するという冒険も楽しいですが、ヘッジを張って楽しむのが生存テクニックであり作法です。剣が峰をアタックするとき、ベースキャンプを設置してから行うのが常識です。

 文明の中で仕事をしているとき、文明を使わない生活をするのは無理ですからセカンドライフやグループで作る実家の方に文明に依存しない生活システムを作っておくべきでしょう。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  285号 2013. 1/15