**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   284号 2012.12/25

 大変御無沙汰しておりました。太陽系が新しいサイクルに入っての最初のメルマガです。
 2013年から私たちの考え方(価値観)が少しずつ、そして大きく変わって行くと思います。今後、自我的なもの(正しいもの、物質的なもの)が崩壊し、それに伴い自我意識が弱体化します。それに反比例して潜在下の意識(魂意識)が強くなり、ポジティブで包括的で穏やかな考え方をするようになっていくでしょう。
 

●地球と共生できる暮らし方

 
 人間以外の地球生命は、地球を壊すことなく上手に共生して暮らしています。人間だけが地球環境(地形、地勢、植生、気象・・・)を変化させて生きています。他の地球生命にとって迷惑な存在となっています。

 日本列島は中央に山脈が連なっていますから、国土の大半が傾斜地です。樹木分布からみれば照葉樹林地帯で、関東以西は常緑広葉樹(樫、椎、楠・・・などの陰樹)が基本植生です。地球と共生するということは、この環境を変えないで生きるということです。
 この視点に立てば、私たちの生活文化と思われている米食と針葉樹を使う住居形式は、日本列島と共生する暮らし方とは言えません。水田を作るために大きな土木工事を行い地勢を変えています。地形には働きがあり特定の振動数があります。ガイアの振動数を人間の自我の振動数に下げたということです。
 建材を作るために山林の三分の一は針葉樹の人工林となっています。残りは遷移途上の樹木です。本来の照葉樹林は0.06パーセントです。環境破壊と言わざるをえません。

 私たちが日本列島の本来の環境に沿った暮らし方をするなら、つまり広葉樹で住居を作り、広葉樹の実(ドングリ)を食に加えたなら、生きるための自我努力はもっと少なくていいし(住居コストは下がり、食料輸入も減る)、それでいて生活の安定度はもっと高くなります(人為が少ないほど気象や経済の変動の影響が小さくなる)。
 この暮らし方はまず今の生活をしながらその一方にセカンドライフとして(フィンランドの夏休みの森の生活のような扱い方)、メルマガで提案している『グループの実家』の生活スタイルとして実現したらよいでしょう。

●今の生存システムは狂っている

 第二次世界大戦後の生存システムは、60年そこそこで破局を迎えようとしています。これは分業システムの中ですべての人が専業(=単業)生活者になり、転業も出来ず廃業も出来ずという穴に落ち込んだために、社会全体として人為生産活動が止められなくなったことに原因があります。
 建設就労者(就労人口の1割を占める)を失業させないためには、必要性には関係なく公共工事を行い続ける必要があります。社員を失業させないためには企業はさして意味のない商品であろうと消費者を刺激しながら作り続けなければなりません。

 その生産活動の中で、地球資源(地球の臓器といわれている)を収奪し続け、地球環境を汚染し続けます。今、地球の自然浄化力の1.6倍の汚染物質を出していると言われています。原発事故による放射能汚染は、作り続けなければならない生存システムが生み出した汚染です。
 その反動でクリーンエネルギーが叫ばれていますが、生存の考え方を変えなければ地球資源をさらに収奪するだけで、私たちの地球という生存の場を失うことになります。

 縄文文明が1万年も続いたのは、人為生産活動を続ける必要がない生存システムになっていたからです。三内丸山遺跡にも見られるように巨大建造物が作れるような専門家がいたわけですが、彼らは専業(=単業)生活者ではなく一つのプロジェクトが終わると本来の自給生活に戻っていったのです。マヤ文明も同じシステムの社会を作っていました。役人や貴族も自給生活者でした。
 私たちの、社会人になったら定年になるまで人為生産活動をしなければ生きられないというシステムは物理的に狂っています。生産能力が上がると短期間で生活空間はモノで満杯になります。そのために、捨てては作り、捨てては作りを繰り返しているわけですが、古代ローマの市民が吐いては食べ、吐いては食べを繰り返していたのと全く同じです。長く続くものではありません。

●新しい生存スタイルを作る

 私たちが無意味な生産活動に関与しないためには、生産活動からいつ離れようとその日から暮らせる方法を持っておく必要があります。それは採集による生活空間しかありません。農耕による生活だと、農地を継続的に維持する必要があり、この作業は生産活動を行っている時は難しいでしょう。
 フィンランド人が夏休みだけ森の生活が続けられるのは、森の生活が採集の生活になっているからです。ダーチャのような農耕生活は、突然その日からというわけにはまいりません。

 自然植生に食を同化させていけば採集の生活が楽になります。メルマガで中緯度地域での定住採集の方法を説明しましたが、高緯度でも採集生活は可能なようです。
 『アナスタシア』(ナチュラルスピリット)によると、彼女はシベリアで採集生活をしています。『グレートスピリットからの警告』(徳間文庫)に出てくる老婆も採集生活ですが、ロッキーの山中で暮らしていますから、気候的には高緯度です(5月末まで雪があるという記述がある)。
 このことから言えば、中緯度での採集生活はそれほど難しいことではないでしょう。しかし、日本列島には自然な環境は残っていないですから、本来の植生に戻すことからスタートする必要があります。300年人為を加えなければ本来の自然(常緑広葉樹の森)に戻りますがとても待っていられないでしょう。

 今、1号村ではポット植えしたマテバ椎とヤブ椿の苗の冬越し実験をしています。今年の種は私の家でプランターに播いています。一部の種は冷蔵庫保管しており春蒔きの実験も予定しています
 苗を作るところまではそれほど難しいことではありませんが、一人で造林できる面積は年に50坪から100坪だろうと思います。夏の手作業による除草を考えるとそれぐらいが限界でしょう。三年間除草管理すれば、後は放置で問題ありません。10年から15年後から実をつけます。

●2号村、3号村のこと

 1号村に通う傍ら、2号村、3号村・・・の土地を探しています。国土地理院の2万5千分の1の地図から、1〜2ヘクタール規模で、地勢的、社会的に条件を満たす場所を探し、これはと思われる所が発見できると現地を見に行っています。同じ場所に何回も行きます。その都度新しい発見があります。
 今、法務局の最終調査まで行ってみようかと思っている物件が2〜3件あります。権利関係に問題がなく、地主が売っても良いといってくれるなら総べて買っておきたいです。木が育つには時間がかかるからです。

 土地を取得するための法人(株式会社)も用意しています。当面の道具を置く倉庫も手当てしています。残念ながら資金だけが準備不足です(笑)。採集空間、実家スペースを確保しておきたいと考えている方がおられましたら連絡ください。

 土地を取得したからといって急いで生活機能(設備や装置)を作る必要はありません。それというのも、5年先の家庭燃料は何が使われているのか、商品流通や移動はどうなっているのか・・・、そんな基礎的な条件も予測し難い時代です。木炭が主要燃料であったり、新しい乗り物のが主流になるなら、従来様式で作った家など使い物になりません。巨大なゴミです。

 急ぐべきは、必要な時に必要な機能が作りだせる技能、技術の習得でしょう。変化の時代は、その時々の社会状況をみながら必要なものを作っていくしかありません。その柔軟性が意識の進化を可能にしてくれます。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  284号 2012. 12/25