**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   280号 2011.12/20

 前号の続きです。「すでに与えられている物」を効率よく受け取る具体的な方法に入って行きます。何を受け取ったら(食べたら)よいのかということは、276号の話を参考にして下さい。

1.加工(調理)技術で受け取る

 『日月神示』は、食について「野見よ、森見よ」と言っています。自然農法家の福岡正信さんは、『わら一本の革命』の中で、「(百合科の祝物である)ニラ、ノビル、ニンニク、ネギ、タマネギの中で、一番野草に近いニラやノビルが栄養が高くて、薬にもなり強壮剤にもなる。その上、味にしても山菜に近い方がおいしい。ところが、近代人は自然からはなれたネギ、タマネギの方がおいしいと思っている。こういうものは健康上非常に悪い。」と言っています。

 私たちは、魚貝類については自然のものをそのまま食べています。品種改良などはしていません。毒のあるフグも、骨ばかりのハモも、つかみどころのないアンコウも・・・加工(調理)技術を使っておいしく食べています。
 植物については、どうしてそういう考え方が出来なくなったのでしょう。今私たちが食べている植物は、自然界ではまともに育たない奇形種ばかりです。種のないフルーツとか、種の落下しない穀物とか、子孫の作れないハイブリッド種とか・・・。魚で言え、骨のない魚とか、捕えにいっても逃げない魚とか、子供の生めない2倍体の魚とか・・・を作って食にしているという状態です。まともな方向とは思えません。

 私たちが自然のものを食べることにすれば、地球生態システムを壊すことはありません。周囲の自然がそのまま農園となり、採集で暮らせるようになります。
 私たちが努力すべきは、加工技術を磨くことだと言えます。

2.採集園を作る

 自然の恵を効率よく受け取るためには、生活場所に密度の高い自然を作ることです。この方法は、熱帯雨林地域の先住民(インディオ)が上手に行っています。アマゾンには、有用植物だけを集めて小さな森を作ってしまう人たちもいます。
 私たちに出来る方法は、山林、原野を手に入れて(山林、原野などは農家資格が無くても買える)、有用植物に植え替えて行く方法です。

 採集園は、人手のかからない植物で構成します。例えば、果物だと桃やブドウは手間がかかりますが、柿やスモモは放置しておいてもそれなりの実をつけてくれます。梅、ヤマモモ、ナツメ・・・なども手間をかける必要はありません。
 採集園の中心植物は、穀物の代替物になるナッツ類ですが、食べる際に渋抜きなどの手間のかからないものを植えます。例えば、クリ、クルミ、椎(しい)、榧(かや)、ギンナン・・・などは渋がありません。
 ナッツ類は一般的に手間は必要ありませんが、クリは虫や菌に弱い面があります。イチョウは最も強い木で、一度根づいたなら何百年も生きつづけます。

 ナッツ類の利用方法ですが、クリ、椎、ギンナンなどは、穀物といっしょに炊いて食べるという方法があります。クリご飯のような食べ方です。
 『上記(うえつふみ)』には、実養食事法(木の実を主とした食事法)の説明があって、「米に榧(かや)、栃(とち)、椎などを混ぜて食べると、肉を食べたのと同じ効果がある」とあります。
 椎は、粉にすればパンやうどんのようなものも作れます。デンプン質が最もすぐれているのは栃といわれていますが(栃餅が作られている)、渋抜きが必要です。大量の水を使います。

 縄文人やアメリカ北部のインディオは、ドングリを砕いて煮込んだお粥のようなものを常食にしていたようですが、私はまだ実験していません。
 古代ローマの金山では、クリと豆を煮たものにハチミツと塩で味付けしたものを食べていたという記録があります。
 食材さえ確保しておけば、食べ方は必要に応じて考え出せるでしょう。食べられる材料があるということが重要です。

3.採集園の面積

 私たちの、1年間のコメの消費量は60キログラムです。この量は、1アール(=30坪=100平方メートル)の水田で収穫できます。
 次に、ナッツ類のカロリー量ですが、比較しやすいようにコメを100とした指数で示しておきます。クルミ、榧(かや)は200です。椎は70、ギンナン50、クリ45となります。このことから、コメ60キログラムとクルミ30キログラムは同じカロリー量と判断できます。

 次に、1アール当りのナッツ類の収量ですが、採集園のデータはないですから(私の生家には甘柿が7本ありますが収量など考えたこともありません)、果樹農家の収量を参考に判断データを示しておきます。
 まずクリからですが、クリ農家の収量は、樹形を低くして(これは作業効率のため)、商品性の高い大粒のものを成らした場合の収量です。食料の一部と考える場合は、東北の農家などが行っているように、味も粒も言わず量だけを求める栽培をします。そうすると1アール50〜60キログラムの収量になります。これをコメのカロリーに換算すると、25キログラム相当になります。

 次にギンナンですが、農家の収量は1アール4〜5本植えで80キログラム前後です。ギンナンも農家は、ブドウのように平な樹形にして栽培します。自然形よりは収量は少なくなります。
 記念樹などの1本植えの場合で、寿命60年ぐらいの大木だと1本で100キログラムの実を付けると言います。これをコメに換算すると50キログラムになります。

 椎、クルミ、榧などについても様々なデータを突き合わせて数値を出してみましたが、4〜5種類の樹木を混栽するという方法で(木は実のよく付く年とそうでない年との差が大きいので混栽で平均化する)、1アール当りコメに換算して25〜30キログラムの収量になるでしょう。
 この数値からいえば、3アールのナッツ採集園を持っていれば最低限の食は自然が与えてくれることになります。落葉樹の林床には日光が入りますから、食べられる野草の類を植えておけば、葉物類も手間いらずです。
 これに加えて、水田か畑を1アール用意しておけば、食にこまることはないでしょう。農耕は人間の知恵の一つですから上手に活用したらよいでしょう。

 ダーチャのような機能を求めるなら、建物スペースとして1アール、植物の幅を広げるための竹林などを1アール見ておきます。ここまで6アール(180坪)です(古い『仁慶メモ』でも一人当りの必要土地面積を180坪と説明していますが、空間を上下の二層で使うところまで進化しました)。これで「ハタラク事と食らうこと」が別々の事になります。

 世界中の暮らしを見て言えることは、食の部分で採集の割合が多いほど時間にゆとりがあり平和的な文化になっているということです。採集社会の多くは、採集活動に参加しなかった人(働かなかった人)にも食料を配分する習慣を持っています。農耕社会には見られない文化です。人間は、自分で作ったものは自分のものという意識が働くようです。
 地球の中緯度地域の民族は、例外なく農耕文明に進み例外なく大地を砂漠化して終わりましたが、中緯度でも定住採集という暮らし方は可能だと思います。アメリカ北部の先住民は、白人が入って来るまではそういう生活をしていました。

 今、グローバルな交換経済の世界が大変なことになっていますが、これは近々、石油の不足(石油の高騰)で大幅に縮小するという情報がありました。代替エネルギーが間に合わないということです。これは神々の計画かもしれません。
 人やモノの移動コストが大きくなると、グローバルな交換は成立しません。モノを買っても、本体より運賃の方が高いという経済は続きません。人々は、モノ(食料など)のある側に移動します。エリア内に、食料や資源を持たない大都市は、経済そのものが無くなります。「田舎に都が、都に田舎が出来る」(日月神示』)ということになるでしょう。

 金融の糸(信用)が切れても同じことになります。お金のルートが切断状態になれば、グローバルな交換経済は成立しません。顔の見える距離、モノが動かせる距離での経済になります。地域ごとの自然力をベースにした経済になって行きます。
 今の経済状態から考えると、グローバル経済に傾倒した従来の暮らし方はリスクが非常に高まっています。危機をチャンスと考えて(言い分けが通りやすくなります)、お金が機能している内に資産(自然ストック)経済の側に一手、二手を打っておくべきでしょう。

 雑誌『アネモネ』(2012/1月号)に、神道の三穂希祐月さんが降ろした啓示が特集記事になっていましたが、2013年からお金の意味がなくなると伝えています。これは古い時代を終わりにするために必要なことですから、もうお金をヘッジする方法など考えないで、次ぎの時代に上手にシフトする方法を考えましょう。

<お知らせ>

 今号の「採集園」の話ですが、文章では植物構成の説明ができません。
『仁慶メモ』には、順次、植物の配置図などを入れて行きますが、読者の方で希望する方には、概要図を郵便でお送りします。
 手書き図をコピーするためメールでは送れませんので、予めご了承ください。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  280号 2011. 12/20