**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   264号 2011.1/5

 あけましておめでとうございます。今年は昨年以上に新しいものが生まれ(これはなかなか表に出ませんが)、古いものが消滅していくと言われています。生まれているものを見るようにしましょう。

 今回は、無縁社会から脱出する方法としてのグループ化を考えてみます。
 今日の私たちが無縁化していく原因は、勤労という生活形態にあると、つまり、生活場所が学校に行くことで変わり、就職で変わり、転勤で変わり・・・ということで人との縁が切れて行くからだと考えられています。
 しかし、同じ勤労生活者であっても、ロシア人は人間関係が切れないでいます。人間関係をつないでいるのは「ダーチャ」(郊外の家付の農園、200坪程度の広さで都市から50〜100kmのダーチャ区域にある)だといわれています。

 ダーチャというのは、ソビエト建国後に始まった国家の貸農園制度で、約百年の歴史があります(ロシアになってからは個人の所有地になっている)。
 貸農園といっても荒地が提供されるだけで、家族で開墾して畑を作り、家族で家を建てます。その農地と家は代々引き継がれており、当初からの利用者は4〜5代目に入っています。
 ダーチャは、私たち日本人の感覚でいえば、「田舎の実家」のような感じだと思います。家族は代々引き継がれていくダーチャを人生の本拠地だと考えて、ここを「基点」として人間関係を作っていくようです。
 このために、学校や仕事で離れ離れになっても、基点の移動がないので意識面での人間関係が切れないのです。結婚するときは相手をダーチャに招き、離れた家族ともダーチャに集まることで関係を持っています。

 ダーチャの使い方は、日本の農山村の人の実家の使い方とそっくりです。家を残したまま都市に出て行った人の中には、盆と暮れにしか帰らないという人もいますが、その時兄弟が集まり地域との人間関係も続けています。
 このような例からも、人間関係は必ずしも距離や会う回数ではなく、その人の意識の問題だといえます。そして、その意識を支えているのが永遠性のある「家」だと言えそうです。
 ダーチャの生活も、時間的には夏休みと週末だけですが、家に永遠性があるので人生の基点と考えることができ、基点がある限りそこから広がった人間関係は保たれつづけるというわけです。

 今の私たちが、引越のたびに人間関係を失って行くのは、本来人生の基点となるべき親の家が永遠性を持たないことが原因です。
 私たちの親の家が、親の死と伴に消えてしまうのは(子供が引き継げないのは)、家の考え方がすべて中途半端だからです。「帯に短しタスキに長し」になっています。
 子供の目から見れば、二世帯住宅ではないので仕事(通勤)を考えれば無理をして住む価値はないし、結婚すれば当然住めないし、定年後の利用を考えてもけっして暮らしやすいとは思えないし・・・ということで、結局、社会人となったときから親の家は意識の中から離れたものになります。ダーチャのように手づくりでないことも愛着のわかない原因です。
 ひとたび家を出ると、もうそこに住んでいた時の人間関係を継続しようとは思いません。
 新しく引越した先が自分の人生のスタートとなり、そこからの人間関係になるのですが、もう一度引越すと、また人間関係は切れてしまい・・・で無縁化の道を進んで行きます。
 その後は、親と同じ人生しかありません。定年後は、身近な人間関係といえば配偶者のみとなり、やがて独居老人となり、子供がいても孤独死を迎える人もいます。最近では、その遺骨を血縁者が引き取らないという例もあるようです。

○無縁社会から脱出する方法

 私たちの人生は、根無し草のような基点のない人生になっていて、そのことが無縁化を作っているのですから、基点を定める人生にシフトすればその問題は解決されます。その面で、ロシア人のダーチャ(手づくりの暮らし)の側を基点にする生き方は大いに参考になります。世界中でもっとも「まっとうな」生き方をしているのはロシア人だと評している人がいました。

 しかし、今となっては簡単にダーチャを真似ることもできません。ロシア人にダーチャの暮らしが作れたのは、時代的にまだ自給自足的な生活部分が多かった頃ですから、誰れもが土木、建築、農耕・・・などの知識、技術を持っていました。また、ダーチャ区域には同じ仲間がいて助け合うこともできました。
 現代の私たちが田舎にダーチャ的な暮らしを作ろうとしても、もう個人で自給自足的な暮らしが組み立てられるような幅のある知識、技術を持っている人はいないでしょう。田舎に手伝ってくれる人もいません。

 今の私たちが、ダーチャのような暮らしを作ろうとするなら、グループを作って知識、技術を持ち寄って、グループとしてのダーチャ(グループとしての田舎の実家)を作るのが方法だろうと思います。このメルマガも、そのライン上で考えてきました(家族用のダーチャを作るのは次の段階でしょう)。

○「家」に永遠性を組み込む条件

 「家」の永遠性は、次世代に引き継がれることによって可能になるもので、そのためには大きく二つの条件があります。

 一つは、暮らしの維持費が低いということです。維持費が高いと様々な社会変化(経済変動、収入変動など)の中で維持できなくなる可能性が出ます。
 ダーチャが百年を経た今も継続されている一番の要因は、やはり維持費が低いことです。その維持費の低さは、家を手づくりすることが大きく関係しています。家族で作った家は家族で修理できますから、永久的に住居費が低いことになります。
 また食は、そこで収穫できたものを食べるわけですから、ダーチャの暮らしは都市の生活に比べると桁違いに低いといえます。
 それゆえに、国家崩壊によるハイパーインフレが発生しても持ちこたえることが出来たといえます。
 永遠性を作り出すには、とにかくお金のかからない暮らしを作り出すことであり、自然の生産力を活用した自給自足的な暮らしをするということです。人生の基点とすべき「家」においては・・・。

 もう一つの条件は、引き継ぎの仕組が整っているということです。これは仕事の引き継ぎを考えれば解りやすいですが、後継者が同じ知識、技術を持っていることが条件となり、それをクリアするには「教える。学習する」という仕組が必要になります。
 自給的な生活は、モノではなくノウハウで成立している生活ですから、文字や言葉では伝えようがなく、本来引き継ぎの難しい生活です。

 ダーチャの暮らしは、引き継ぎが非常にうまい形でなされています。それは、建設期間が長期に渡っていることです。夏休みと週末だけの作業ですから必然的にそうなる面もありますが、初代は荒地からのスタートですから、道を作り仮小屋を作り、井戸を掘り、排水路を作り・・・というところから始まります。
 そして畑を作り、家を建てていくわけですが、建築には20〜30年かかるのが普通になっています。
 そういう作業を行っている親に付き合っている子供は、いやが応でも暮らしの考え方や土木、建築、農耕・・・の技術を学習することになります。
 そして、親の建てた家を修理したり、別棟を建てながら、自分の子供にも同じことを伝えて行きます。

 ノウハウを伝える方法は、いつも作業を続けていることが重要で、伊勢神宮の「式年遷宮」が20年ごとに行われているのも、作業を止めないようにして技術を次世代に伝えるためといわれています。
 ノウハウとはこのようにして伝えて行くしか方法がないので、暮らしを業者に作ってもらうことが出来ないのです。(道具一式をそろえてもらっても、どう使ってよいのか解らないというのが自給の生活です。砥石があっても鎌は研げないし、打ち鍬があっても前に打ち進むのか後ろに打ち進むのかも解りません。これでは生活は出来ませんし、引き継ぎは不可能です。)

○グループダーチャ(田舎の実家)の作り方、考え方

 グループを結成して、グループのダーチャ(田舎の実家)を作る場合も、本場のダーチャ作りと同じように、時間を使ってノウハウの伝達、学習に当てる必要があります。この場合は子供ではなく仲間にですが。
 これも自動的にそうなるでしょう。日本には夏休みはないですし、メンバー全員がいつもそろって作業できるわけではないでしょうから、どうしても時間がかかります。
 その時間の中で、全員が幅の広い作業を体験することになります。そして、同じ技術を何人もの人が学習することで合力が使えるようになり大きな工事が出来るようになります。

 たとえば、建築技術のある人が一人の内は小屋程度のものしか作れませんが、小屋作りを手伝っている内に技術が身に付きますから、その後は何人かで大きな建物を作ることが出来るようになります。
 ダーチャの建設も、最初は親が一人でやっているわけですが、何年か後には子供も労働力となり家族全員で建設作業を行うようになります。

 今の時代、手間暇のかかることは好まれませんが、その考え方の中に無縁化社会を生み出した原因があります。人間には手のかかったものほど愛着が湧くという性質がありますから、そのような作り方をすることでメンバーとの深い結び付きが生まれ、その場所に意識(人生の基点)を移すことが可能になります。それによって地域の人との関係も深いものになって行きます。
 親の家が人生の基点となっていない人の有縁人生の作り方です。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  264号 2011. 1/5