**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   261号 2010.10/5

 前号で、国家が想定した人生の定型を外れると制度の恩恵が受けられないと書きましたが、あまり実感がないでしょうから、すこし具体的な例をあげてみます。

○同居家族とマイホームがあっての『介護保険』

 2000年からスタートした「介護保険」は私も利用したことのある制度であり、多少研究もしましたので、その実態など説明しておきます。
 「介護保険」は、介護する家族の負担を軽減させることを目的に作られた制度です。つまり、老親は子供世帯と同居するもの、という前提で考えられたものです。
 では、現実レベルで老親はどの程度子供世帯と同居しているのかというと、「国民生活調査」のデータでは2割です。未婚の子供と同居しているケースを加えても4割強といったところです。半分以上の人は同居家族がいないのですから「介護保険」が本来の目的で利用できる状況ではありません。

 その上、介護保険の利用は住宅事情と深い関係があって、ヘルパーさんが出入りしても家族の生活が乱されないような間取りになっていないと、おいそれとは利用できません。入浴サービスを利用したいと思っても、家族の居室を通過しないと風呂場に行けないような間取りだと、たいていの家族はサービスの利用に二の足を踏みます。
 また、保険で行える住宅改造(手すりを付けるなど)なども、自由に改造できるマイホームがあっての話しです。借家だと難しいでしょう。

 介護保険の構想段階では、7〜8割の人が利用できる制度と考えていたのでしょうが、運用してみると高齢者の暮らし方や住まい方が想像以上に多様で、制度が本来の目的で利用できる状況にある人は2〜3割りではないかと思われます。

 今や介護保険は、老人施設が入居者に対して利用する保険のようになっているのですが、中には老人施設の空きがなくて、順番を待っているうちに亡くなる方もたくさんいます。
 保険料は40歳から年間5万円前後(市町村によって差がある)支払うのですが、割に合わない制度と思う人も多いでしょう。

 年金などでも似たような問題があります。年金システムの設計が経済の高度成長期に行われており、前提条件が勤労者は一つの会社に30〜40年勤務し、年功型の上昇カーブを描く賃金体系になることに置かれています(1980年代までは大きなズレはありませんでした)。
 ところが、バブル経済の崩壊以後、数年ごとに転職せざるを得ない状況も生まれましたし、年功型の賃金上昇など例外的な状況になりました。このような状況をまともに受けた人は、晩年の生活を支えるだけの年金を受け取れないことになります。

○「一国一制度」を乗り越える工夫が必要

 国家は「一国一制度」を貫くしかないのですが、これは国民が皆同じような人生を送り、同じような考え方をしている時にはプラス側に働くのですが、十人十色の人生を送るようになると常に少数の人しか満足させられないというマイナス側にしか機能しなくなります。
 これは国家主義が崩壊していく最大の要因なのですが、このことはまた別の機会のテーマにすることにして、当面の問題として、一部の人にしか役にたたない制度をどうすればもっと多くの人に機能するようにできるのかというテーマがあります。現実問題です。

 方法の一つは実に単純です。国家が制度を弾力的に運用すれば良いのです。転職が多くて年金が少なくなった人に対しては、状況に応じた割り増し計算をして年金額を決定すれば良いのです。
 古い時代にはあった方法なのですが、今は冗談でしかないでしょう。
 体制側では何の調整も出来ないとするなら個人の側で行うしかありません。これも方法論は単純です。個人が集まってグループを作り、その中で享受の差を平均化すれば良い事です。

 情報番組の中で聞いた話ですが、外国での話し、健康保険に年間の限度額が設定されているのですが、一族の間では保険の貸し借り(融通)が出来る仕組みになっており、病気の個人レベルのばらつき(病気の多い人と少ない人)が調整できるようになっています。国家の単純な制度を国民の側で弾力的に運用できるようにした例です。

 介護保険も、月毎の限度額が決められている保険ですから、融通できるなら助かる人も多いでしょう。

 
○グループの中で融通しあうのが宇宙の法則

 今私たちは、国家と個人という二者しかいない社会を作っています。そして、十人十色の人生を送っている個人はお互いつながりのないままのバラバラです。この状態で「一国一制度」という融通の効かない国家を相手にしているわけですから、当たり外れがでます。これを緩和する唯一の方法がグループを作ってその中で融通しあうことです。

 今後、国家の対策もないまま大問題に発生するのが、「パラサイト・シングル」と「生涯未婚者」の行く末だと言われています。
 この二つについては、国家で適切な制度も作られないまま、個人と社会の両方の問題となると社会学者が予測しています。
 この問題もグループ化を抜きには語れないことなのです


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  261号 2010. 10/5