**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   249号 2009.10/5

 今号は、メルマガ243〜248号の技術編として、『避難生活(自給生活)ワークショップ』の内容をお知らせする予定だったのですが、受け入れ体制が十分整っていないということで、またの機会にさせていただきます。

 そして、また新しい企画ですが、今回から数回に渡って今までとはトーンの違う文章をお届けします。出来るだけマニアックな言葉(笑)は避け、始めての人が読んでも耐えられる表現にしたいと思っています。
 全文が完成したらPDF等にして、誰れでもプリントアウトできるようにします。皆様方が、いざという時に家族の説明に使ったり、仲間を募ったりするためのツールです。
 しかし、その時になったらネット環境の保証もないですから、余裕のあるときに作っていつも手元に置いておくとよいでしょう。年内には形にしたいと思っています。

 私にこのようなことをさせるということは、大きな社会変化が間近なのかもしれません。以下は初案原稿です。今後まだ修正が加わりますが、いち早く皆様に披露したいと思います。

 

●●●『新しい暮らし・新しい文明の作り方』(仮称)●●●

はじめに (原稿未)

第1章 私たちは何をしてきたのか

1. 文明はなぜ行き詰ったのか、どうしたらよいのか

 私たちの文明が行き詰ったのは、地球の性質や活動を上手に活用できなかったからです。地球に寄生する立場でありながら、地球の法則を無視し人間独自の法則を使うようになったからです。そのために、地球の性質や活動がマイナスに働くようになったのです。

 例えば、大きな地震があると多くの死者が出ますが、揺れによるショック死はまれで、大半は建物の倒壊による圧死や窒息死です。
 しかし、古代の人たちは分散して暮らし、軽い材で建物を作っていましたから、地震による現代のような被害はありません。古代人の方が、地球の法則にうまく適合していたといえます。
 私たちが、彼らの考え方の延長で進んできたなら、今頃は地震災害とは無縁の生活をしていたはずです。地震が起これば、そのエネルギーをうまく蓄積して生活エネルギーとして使っていたでしょう。それが進化というものです。

 しかし、現実の私たちは全く逆の位置にいます。これは、意識(考え方)が退化して行ったということです。地震の現像を知ったとき、柔構造の建物を作れば倒れないと考えるのが退化です。大揺れする建物を作って中に居る人はどうなるのでしょう。それは建築学のテーマではないと言うのでしょうか。意識の進化した人は「危うきに近寄らず」の選択をします。低い建物にして分散して暮らします。そんな事をしていたら進歩がないと考えるでしょうが、それは、物質界に基点を置いたときの見方で、それが意識が退化したときの考え方です。意識の進化した人は、暮らし(物質界)の手数を減らす方向で快適に暮らす道を選びます。そして、意識を内側に向けて精神を探索します。意識の世界を遊びます。

 私たちの意識が退化していったのは、いつまでも暮らし(物質界)の安定が作り出せなかったからだと言われています。不安定なために、暮らしを保つことにエネルギーのすべてが消費され、内側(心)に意識を向ける時間が作れなかったからだと。
 つまり、意識が低いので物質界の安定化の方法が解らず、安定化できなかったので暮らしにエネルギーが消費されてしまう、という退化の悪循環に入ってしまったのです。
 この悪循環から抜け出すために、何が退化の一歩となったのかを考えてみましょう。

 

 

2、「規則正しく、速く、沢山」が退化を招いた

(1)規則正しく

 頭(左脳)は、機械的な規則正しさしか理解できないですから、ありとあらゆるものをそういう秩序で覆いつくそうとします。教育にも、社会制度にも、経済活動にも…機械的な規則性を求めます。
 しかし、地球環境(気象や地殻の活動)は、機械のような規則正しさで活動しているわけではありません。そういう環境の中を規則正しさで埋め尽くすというのは矛盾しています。仕組の破綻を待っているようなものです。暮らしに安定が作り出せない大きな理由の一つです。

(2)速く

 頭(左脳)は、寿命のあることを理解していますから、命のある内に出来るだけ多くのことを体験し、存在を表現したいと思っています。そのために、あらゆることに速さを求めます。
 例えば、新しいパソコンが2機種、同価格で発売されたとします。一つは、性能が以前のままですが100年の耐久性を実現したもの。もう一つは、耐久性は以前のままですが処理速度が10倍になったもの。どちらか1台をモニタープレゼントするといわれたらどちらを選ぶでしょうか。大半の方は後者を選択するでしょう。
 私たちの暮らし、文明もそれと同じ選択の積み重ねですから、元々安定性はありません。

(3)沢山

 頭(左脳)は未来を考えます。そして、未来の自分を安定状態に置こうとします。それを実現する方法の一つは、食料にしろ衣類にしろ沢山持っておくことです。この欲求には限りがなく、あらゆるものは多いほど良いとなり、人類の共通理念は「より豊か」だと言われるまでになりました。
 この理念によって地球の資源は使いつくされ、地球はバランスを崩し、自然環境をますます不安定なものにしました。

 頭の求める「規則正しく、速く、沢山」は、社会原理、経済原理になっており、家庭も学校も、会社も国家もその3点セットで動き、しかもその仕組は、年ごとに緻密になって行き、他者との関係では1秒の誤差も許されないものになりました。コンピュータに1秒の誤差があると、金融決済では不渡りとなり、交通システムでは事故になります。
 人間の精神が耐えられないほと緊張を強いる社会となったわけですが、これは人間の手では止めることができません。
 しかし、宇宙の原理はうまく出きているもので、人間の法則は進めば進むほど脆弱になるようになっており、地球の生理現象(地震、火山の噴火、台風、気温変化、海面の移動・・・)によって、人間が壊れる前に文明の方が先に壊れることになっています。

 

3、競争が退化に拍車をかけた

 暮らし(物質界)の安定がはかれなかったために、意識を物質界常住させざるを得なくなり、意識の進化を止めてしまったのですが、競争はさらに意識を下降させることに作用しました。

(1)棲み分けが基本

 生物は、基本的に同種間では競争をしないものです。競争はエネルギーの消耗であって、それを続けると最後は自滅しかないことを本能的に知っているからです。動物園の一つの檻に、相性の悪い仲間をいっしょに入れておくと、お互いストレスで餌が食べられなくなり死んでしまいます。競争とはそういう結末になります。
 自然の中にいる動物は、調和できない関係になったときは「棲み分け」を行って世界を別にします。このようにして競争が起きないようにしています。

(2)分業の専業化が競争を生んだ

 私たちが、生物の一員でありながら競争を続けているのは、そうしなければならない暮らしを作ったからです。それは、分業に始まります。分業は、生産性を向上させる方法で、私たちの求める「沢山」に答えるためのものです。
 その分業仕事を、個人も会社も専業者として行うようになった時から競争が始まりました。
 認識できない多数が入り交じる社会では、需給の一致点が判りません。そのために、需給の過不足は日常的に起こります。供給過剰になれば上から順番に消費され、残りは切り捨てになります。
 しかし、専業者は供給過剰になっても、仕事替えは簡単には出来ないですから、その世界での上位に行く方向の努力をします。上位にいれば、過剰の時も切り捨てにならないからです。この努力が競争であって、止まることがありません。
 分業は時間と伴に細分化され、ますます転業が難しくなりますから、競争は激化する一方となります。

(3)専業は意識を退化させる

 専業によって(間口を狭くすることで)、物事を深く知るようになると言われていますが、これは明らかに間違いです。単に、緻密に、微細に知るということにすぎません。間口を広くしなければ深くには入れません。深い洞察力は、広い思考から生まれるものです。
 意識の進化とは、思考の幅が広がり、意識が拡大していくことです。これは抽象的なことではなく、物理学的に言えば意識振動数が上昇することであって、物理的な違いとなります。
 仕事を専業化すると、思考の範囲が狭くなり頭脳の一部しか使わなくなります。そのために、最近では若年性痴呆症という障害も起きています。思考の縮小は、同時に意識の縮小であって、それが固定化すると意識の退化(意識振動数の下降)となります。
 意識が退化したらどうなるのかということですが、説明が大変長くなるので、この冊子では触れないことにします。ともあれ、良い事にはならないと思って下さい。

 さて、これからどうしたらよいのかということですが、まず、専業、競争の世界から出ることです。次にその方法を説明します。

・・・・内輪話ですみません。
民主党政権になりましたね。これから日本はどのような道を歩むのでしょうか。私自身過去を振り返った時、「そう言う事があったな」程度で何も印象に残っていません。自分の生活に大きな影響がなかったからでしょう、いや、おそらく何も関心がなかったのでしょう。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  249号 2009. 10/5