**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   237号 2009.3/5

 倉敷市にも、派遣切りされた路上生活者がいるそうです。若い人たちです。こういう現実を見ていると、国家に個人を守る能力がないことがはっきり解ります。
 戦後、『憲法』も『民法』も大きく変わり、憲法の中には「家族」という言葉がありません。国家は個人の集合体となり、両者の中間には何もないことになりました。しかし、国家は個人が守れないのです。国民が外国に拉致されても、国家は引取りに行きません。
 国民から税金を徴収しながら、こんな関係は成立しないですから、やがて国家は崩れるしかないでしょう。

 新しい世(ミロクの世)は、「個人の集合体ではなく、自立できる共同体の集合体になる」と言われていますが、今のグローバル経済の崩壊の中で、自然に新しい社会の単位(生涯生活グループ=共同体)が生まれてくると思います。経済が壊れ、国家が有名無実の存在になれば、個人は背に腹は変えられなくなり集合化するでしょう。
 量子力学的に考えれば、経済が理由もなく壊れることはありません。多くの人が新しい経済、新しい暮らし方を求めたから(潜在下で)、以前が崩れているわけです。『バシャール』流に言えば、シフトを加速させるためにネガティブなことが起きているということです。もうサイは投げられているのです。

 アメリカでは、今年にも新しい社会の一面(自給自足的共同体の存在)がメディアで紹介され、オバマ政権はダメージを受けるだろうと、『ウェブボット』は解析しています。
 イタリアの「ダマヌール共同体」は、自立した共同体(15〜20人)の連合社会(44団体、600人)という形を作っています。

 今号は、「なぜ建築技術が必要なのか」というテーマで書く予定にしていたのですが、かねてから進めていた「癒しの郷・1号村」の土地所有権の永久保全の仕組が完結しましたので、そのことの意味と方法を説明しておきます。

○足元が確でないと未来は描けない

 地方では、まだ夫婦墓が多く、墓地の中には先祖代々のいくつもの墓石が並んでいます。そして昔から言われていることは、次の墓を作るスペースが無くなったらその家は絶えると。
 子供の頃は、何もわからないままにそんな話を聞いていましたが、量子力学的に考えれば実に納得できる話です。

 「意識が現実を創る」ということからいえば、子供の時から墓参りするたびに、「お前はここに墓を作れ」と言われて育つことで、次世代はその家での人生を描くようになり、そういう現実が生まれるのだと言えます。
 その逆に、墓参りをするたびに、次の墓を作る場所が無いと思いながら育った子は、その家での一生が描きづらいだろうと思います。その結果として、都市に出て行ったり、結婚しなかったり、子供が生まれなかったり・・・のようなことが起き、やがて家は絶えるようなことになるのでしょう。

 人間のイメージ力はたよりなくか弱いもので、現実を無視してイメージを作り出すことは難しいです。現実に影響されながらイメージは組み立てられています。
 世代交代のできる共同体を作ろうとするなら、まず生活ベース(土地)に永遠性が確保されている必要があります。使用期限のある土地に暮らしながら、永遠の仕組を考えることなど普通の人には出来ません。
 過去に作られた共同体の多くが短命であったのは、理想だけがあって、理想をささえる技術論の研究があまりにおろそかにされていたからだと思います。いろいろ調べてみましたが、今、技術論として参考になるものは何もありません。始めから続くとは思えない仕組でスタートしています。

○土地を個人名義にすると一代で終わる

 日本の農業をダメにした一つの原因は、戦後の『新民法』の相続規定(子供の均等相続)にあります。
 具体的な話をしますと、私の弟が養子に行った先には1ha(約3千坪)の市街化農地(宅地に転用できる)がありました。しかし、半分は2人いる叔父の名義で、しかもつい最近、1人の叔父のところで相続が発生して、従兄弟の名義になったと言っていました。

 そして、自分の家でも相続が発生し、配偶者と弟を含めた4人の子供で分けたということですが、一部を相続税の物納に使ったので、弟の名義分は0.1haも無いと言っていました。
 しかし、風景的には以前と変わらない1haの農地状態にあります。しかし、関係者は誰れ一人として農業をやっておらず、農地は農協に管理してもらっているそうです。今、1haの農地があるといっても、親族の誰れかがいつ売ると言うかもしれない土地ですから、農機具を買って農業をやろうという人はいません。

 いくら使える農地があるといっても、他人名義の土地では誰れも農業ヴィジョンは描けません。都市近郊の農地は、どこも似たような状況でしょうから、新しい農業が生まれるような状況ではありません。

 共同体も、土地を個人名義にしていると、それと同じことになります。相続が発生すれば、その時点で共同体のベースが不確かなものになります。未来の生活が描けなくなります。
 実際には、もっと早くから崩れる可能性もあります。何かの折り、地域の人たちに、「あなた方は相続はどうするの?」と尋ねられたとしたら、誰れでも未来に思いを巡らせるでしょう。その時、確かな未来像が描けなければ、別の人生を考えるようになります。他人の土地の上に、確固たる未来が描ける人などいません。その土地に未来が描けなくなった時、共同体は崩れるしかなくなります。

○「癒しの郷・1号村」はどうしたか

 1号村の土地は、法人名義になっていますから相続は発生しません。永遠に法人のもので在りつづけます。古くからメルマガを読まれている方はご存知と思いますが、土地購入の出資を提案した際、出資金は私の所有する法人
(株式会社)に振込んでいただき、それで土地を購入したわけですから、自動的に法人の名義になります。
 ただし、法人が土地を所有していると、経営上の失敗で土地が差し押さえになるという不安もありますから、これも当初の約束通り、法人は09年から正式な行政手続きのもとに、営業を廃止しました、営業を止めてしまえば、倒産や財産の差し押さえということもありません。

 法人の休眠化については以前にも少し説明しましたが、営業をしていないというだけで、法律的には生きています。増資も出来ますし、さらに土地を買うことも出来ます。やろうと思えば営業を再開することもできます。
 休眠化した法人の維持費(正式な行政手続を取っているので、法人の均等割税は無くなり、法務局への定期的な手続き費のみ)は、年2万円程度です。バイクの維持費ぐらいです。(仮死させるという方法もありますが、これだと維持費はゼロになります。しかし簡単には動けなくなります。)

 これで、相続問題とは無縁になり(所有権の永遠性が保証され)、出資者は法人の株式所有によって権利が保障されます。相続の心配、相続対策の苦労、そしてその費用を考えれば大変ローコストです。
 これなどは、共同体(グループ生活)を作るときの、技術論の一つです。社会制度が機能している間は、その制度の中での保全も計る必要があります。社会制度によって解体されたのでは話になりません。過去に作られた共同体は、この程度の対策も取られていません。

 武者小路実篤の「新しき村」が、90年も続いたのは、戦後公益法人化して、相続と固定資産税を回避したからです。しかし今、公益法人法の見直しで存続の危機にあります。長期的に考えると株式会社の方が安全のようです。

<参考>
 新しく共同体を作る場合、土地が見つかったらまず法人(株式会社)を設立し、出資金は法人に入れてしまうと、あらゆるものが法人の所有物になります。権利を株式で持つことにしておけば、株式に相続が発生しても共同体が壊れることはありません。
 ただし、農地については、現行法では法人が買うことはできませんが、これはメンバーの誰れかが法人から借金して個人で買います。そして、買った農地には抵当権を設定しておきます。このようにしておけば、相続が発生しても相続手続きをする人はいません。負債を相続することになるからです。その土地は誰れの所有権になるのかということになりますが、これはそういう話をおもしろおかしく書いた「民法の解説書」でも読んで下さい。

 法人を設立したり、営業を止めたりの実務面の話は、とても文章化できないですから、必要な方は私を訪ねて来て下さい。
 その場合、『新会社法』の中での一番シンプルな株式会社(かっての有限会社に相当する会社)の一般教養程度の知識と単純なバランスシート(貸借対照表)が読める程度の知識を持っておいて下さい。1〜2日使って集中講義をします。これは学問的な知識ではなく、自営業をやってきた一族のノウハウのようなものです。

・・・・内輪話ですみません。
今年になって仁慶はいろいろなことを整理しはじめました。そして自分の持っている知識や技術も次世代に伝承しようとしています。以前お知らせした「家作りワークショップ」もその内の一つです。今号も法人の実務面の話しをしていますが、興味があればお問合せください。「家作りワークショップ」もそうですが、今回の「実務面集中講議」もまだ時期も料金も未定ですが・・・。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  237号 2009. 3/5