**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   236号 2009.2/5

 今、世界は大変なスピードで変化しています。今年をうろうろしていると、もう時代に追い付くことが出来なくなるでしょう。『バシャール』は、「今本来の自分に帰っていない人は、すべてを捨ててゼロからスタートすることになる」と言っていますが、新しい概念がなければゼロになったままで身動きが取れないように思います。このメルマガは頭の準備運動に使ってください。

○グローバル経済の限界

 今、グローバル経済が危機に直面していますが、グローバル経済はその仕組みにおいて破綻で終わるしかありません。
 理由は単純です。まず一方的な略奪経済だということです。エネルギー(石油、天然ガスなど)にしろ、素材(石油、鉄、銅、アルミ、・・・)にしろ、補充のきかないものを消費する一方です。尽きたら経済そのものが終わります。

 人間は次々に代替物を見つけるだろうと思っているでしょうが、それは人間の勝手な幻想かもしれません。
 『日月地神示』には、「石油、そなたも使うておるが、この方の血ぞ。水、この方の体液ぞ、よくここまで汚して下さったなぁ。これでは、みなみな共倒れになりてしまうぞ。苦しむのは判りておろう・・・」とあります。
 『空洞地球』では、「必要以上のものを地球から取り出して、化石燃料の使用を要求しています・・・地球のどの部分も、ある機能のために使われており、地球が生き残るためにはそれが機能していなければなりません」と言っています。
 代替物の発見では解決できない話です。

 次に、3次元の物理法則を無視した経済だということです。3次元の時間と空間の制約を考えれば、近くで作るより地球の裏側で作った方が安くなるなど有りえません。安くなるのは、何かを見落としているからです。例えば、船や飛行機による海洋や大気の劣化は計算に入れていません。環境喰い潰し経済ですから、やはりどこかで行き詰ることになります。

 さらにいえば、地球がいつまで人間の身勝手に付き合ってくれるのでしょう。ここらが限度と感じたなら、一瞬で経済をストップさせるはずです。前号でも触れましたが、それは海面を上昇させればすむことです。海面上昇は、氷河を溶解させるだけが方法ではありません。地球をわずかに収縮させることでも可能です。 地球に、パンゲア大陸という一つの大陸しかなかった時代、地球の体積は今の3分の1であったという説もあります。それが何らかの原因で膨張し、パンゲア大陸がヒビ割れ、今のような5大陸になったというのです。この根拠として、地球を元の体積に戻すと、南極大陸を中心にしてすべての大陸がスキ間なく一つの大陸に戻るとか(地球儀を使って確かめてみようと思ったのですが、まだ実験していません)。
 以前、酸素濃度が30%から18%に下がったという話しをしましたが、大陸は突然動くという説もあります。これはアイン・シュタインが絶賛したとか。地球環境は私たちが思っている以上にダイナミックに変化するようです。

 又、人類を意識的にバラバラにするという方法も考えられます。人類がお互いを認識し、コミュニケーションできるのは、全員が同じ振動数に調節されているからです。その調節が解除されたなら、人それぞれの振動数に戻って行き、振動数の異なる人とはコミュニケーションできなくなります。当然、グローバル経済は崩れます。

 『旧約聖書』の中の「バベルの塔」の話は、それを思わせるような話でもあります。話しの要点を整理しますと、「その頃は、全地が同じ言葉であり、多くの人が集まって天までとどく塔を建てようとしていた。それを見た神は怒って、言葉を通じなくして塔を作るのをやめさせた。言葉が通じなくなった彼らは全地に散らばった」という内容になります。

 これを次のように言い換えたらどうでしょう。「その頃は全人類が同じ振動数に固定されていた。そこで人々は世界に広がる経済を作り上げた。それを見た神は怒って、振動数の固定を解除して意識を通じなくした。意識の通じなくなった人々は、グローバル経済が維持できなくなった」。

 『グレートスピリットからの警告』は、「・・・ある日太霊は来て最後の線を引く、信じるものと信じないものを振り分け、民の波動を揺らして母なる大地を割る・・・」と言っています。はっきりと意識振動数で分けると。
 この手の情報はいくらでもあるわけですが、『日月神示』は、「天から声あるぞ、地から声あるぞ、身魂磨けばよくわかるのざぞ。旧9月8日までにきれいに掃除しておけよ。残る心獣ぞ。」と表現しています。異次元の生命体の声が聴こえるというのですから、地球空間の振動数が変化するということでしょう。おそらく、地球が3次元の振動数を保つ臨界点を越える日が、旧9月8日(09年8月)なのだと思います。

○3次元の経済と暮らし方

 3次元空間には、時間と空間の制約があります。そのことからいえば、遠くからモノを運んで来るような経済は成立しません。
 又、消費しても補充が可能なのは、今のところ植物だけです。したがって、植物の成長力(生産性)を基本にした経済しかないといえます。
 グローバル経済が破綻した後は、その経済に入るしかないでしょう。今のところ、それを越えるような経済理論が出ていないからです。

 この経済に入って行くことにおいて、政府や自治体の力は必要ありません。飛行場も港も大きな道路も必要ないからです。個人単位で入って行ける経済です。ここでその入り方を目次程度に説明しておきます。

< 1 準備>

(1)田舎に広い土地を確保する

 1人当りで計算すると、山林、農地、宅地、各100坪が目安です。その人数倍で考えて下さい。土地が確保できない場合は、当面(2)、(3)に専念して下さい。社会秩序が崩壊すると、所有権に関係なく空いた土地が使えるようになる可能性があります。又、グループ生活者のメンバーとして受け入れてもらう方法も考えられます。しかしそれも、(2)、(3)が確立されていてのことです。

(2)自分の土地とその徒歩圏にある産物で衣食住を組み立てる

 今土地のない人は、日本の平均的な土地で考えて下さい。まず、自分で作れないもの、自分の特技と交換できないものは、使わない消費しないという哲学を確立します。これさえ確かであれば生きて行ける経済です。
 衣食住のレベル設定は、「侘茶」の基本哲学である「食は飢えぬほど、住はもらぬほど」に置いて下さい。物質とのかかわりを少なくするほど楽であり、安定性が高くなります。
 そして、飢えぬほどの「食」、もらぬほどの「住」は自分の手で作れるようにしておくことです。

(3)物々交換のできる技術を身につける

 自分ですべてのことが出来るわけではないですし、必要な素材がすべて自分の土地に有るわけではないですから、欠けたものは物々交換で入手できるようにします。交換品としては技術が最もすぐれています。いくら使っても減らないからです。自然経済の中では、技術がお金のような働きをします。

 何が有用な技術であるかは、そういう生活に入らないと判りにくいですが、簡単にいえば、ローテクでアナログ的なものほど有用性が高いといえます。グローバル経済下での専門技術のようなものは役に立たないと思っていて下さい。

 

< 2 新しい経済への入り方>

 すでに、先の準備が出来た人が相当数います。これは本人も自覚していないと思いますが、農家で育った人、田舎で現場の仕事をしていた人、自営的な仕事をしていた人・・・などは、自然経済の中で生きられる能力を身につけています。
 したがって、新しい経済社会を構成する人々はすでに存在するのです。何かきっかけがあれば現実化します。

 そのきっかけはグローバル経済の崩壊です。国家財政の破綻の方が先になるかもしれませんが、どちらが先でも同じことです。
 経済が破綻すると、仕事(収入の道)を失いお金が入らなくなる人が出てきます。これが長期化すると、先の人たちの中に食料を自分で作り、物々交換で必要なモノを調達する人たちが出てきます。お金がないのですから、必然の成り行きです。

 又、グローバル経済の破綻で、食料が輸入しにくくなると、お金があっても食料が買えないという事態になります。このようなことになると、急激にお金の価値がなくなります。これは生活必需品の高騰という形になり、少々のお金では生活できなくなります。ここでも先のようは人たちが、自分で食料を作り物々交換で生活するようになります。
 そのような状態が数年続くと、お金を介在させない新しい暮らし方と新しい経済の仕組が固定化します。

 新しい経済に入って行けるチャンスは、新しい経済が固定化する前の混乱期間です。
 食料が不足しているときは、不良品のような作物でも物々交換の対象になります。住宅が不足している時はバラックしか建てられないような人でも工務店の看板があげられます。これらは、戦後の混乱期に皆あったことです。不足分野では、ひとまず不足を埋めてくれる人が必要で、技術レベルなどは二の次のことです。技術に自信がない人は、この混乱期に新しい経済に入って行くしかありません。

 又、混乱期には、生活効率を良くするために必ず生活グループが作られます。今は世帯が小さくなっており、キャパシティを持っていないのでなおさらのことでしょう。
 このグループに加わるにも、初期の頃は本人の意志だけが問題で、能力が問われることは少ないでしょう。暮らし方が定まっていない間は、能力の基準が定まっていないからです。
 しかし、生活様式が定まって来ると、能力、技術が問われるようになります。「あなたは何が出来ますか」と。○○が出来ますと言っても、「それは内では間に合っているので他のグループを当ってくれ」ということになったりします。
 自然経済の中を自力で生きる自信のない人は、混乱期にグループ参加しておくことでしょう。

 混乱期というのは、新しい経済が生まれつつあるときで、まだ旧経済と分離していないですからどちらの経済にも自由に行き来できます。そして新しい経済の形が見えたときが完全分離したときで、以後は移動しにくくなります。
 出来ることなら混乱になる前にシフトしていた方が、苦痛が少なくてすむと思います。これは未来予測の賭事ではありません。消え行くグローバル経済(3次元世界)をいつ出るかの話です。ホームレス状態になると、思いはあっても動けなくなります。

・・・・内輪話ですみません。
岡山県には三菱自動車工業という会社があります。全国ニュースですでに御存じと思いますが、大変な減収で、派遣切りだけでは終わらず、今月など操業日数は7日 だそうです。正社員もアルバイトをしているそうです。水島工業地帯に出勤する車で朝夕はすごいラッシュだったのに、ここ数カ月はラッシュも一瞬で終わっています。経済の終焉のような感じがする街なかです。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  236号 2009. 2/5