**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   229号 2008.7/5

 「今年中に、09年以降のことを書いておくべき」と感じましたので、今号からそれに取りかかります。

 08年から大きな災害が起きるということは、以前から様々なところで言われていたのですが、その通りというか、ミャンマーのサイクロン、中国四川の大地震と、死者10万人規模の災害が立て続けに起きてしまいました。
 ジュセリーノさんは、昨年(07年)末に場所と規模が特定できたので、関係先に通知しておいたと言っています。また何かの方法で、郵送控えが紹介されるかもしれません。
 そして、9月にも大きな地震が、中国(トンキン湾、海南島付近)か日本(名古屋沖)で起きると以前から言っています。

 このような災害は、09年、10年、11年・・・に向かうにつれ、さらに激しさを増すようで、メルマガがいつまで発行できるのか(私のいる所がいつまで安全なのか)予測できません。また、10年からは、太陽フレアによる磁気嵐の影響で、通信システムにトラブルが発生するかもしれないと言われており、発行できてもインターネットが機能するのかどうかもわかりません。
 このようなことから、今後起きるであろう様々な出来事を、どう受け止めたらよいのか、どのように対処したらよいのか(物心両面で)を、数回シリーズでまとめておきます。

○新しい世が始まりつつある

 今こそ紹介すべき啓示から入ります。
 「一日十万人、人死にだしたら、神の世がいよいよ近づいたのだから、よく世界のこと見て皆に知らせて呉れよ」(『日月神示』)。
 「神世となりて居るのじゃから、目に見えるビックリが次々現れますぞ・・・」(『日月地神示』07年12月5日の神示)。

 今年に入ってからの災害を思えば、それらの神示は今を言っているのでしょうが、不可解なのは神が出てくるとなぜたくさんの人が死ぬことになるのか、ということでしょう。神は人を助けてくれる存在ではなかったのか(?)と。まずこのあたりの説明から入ります。

 少し遠回りになりますが、後々のことを考えて「神」の話から入ります。単刀直入ですが、神とは人間の最奥(最上位)の意識です。そして、最も外側(最下位)になるのが3次元意識体(これは魂とかいわれるもので、頭の作り出す自我意識ではない)です。これが人間と神との関係です。両者の違いは、単に意識の振動数(周波数)の違いです。神が振動数を落して最下層に表われると人間になり、人間が振動数を上昇させて最上層に行くと神となります。両者は一つのものです。

 しかし、人間と神との間にはいくつもの層があって(タマネギのように)、人類最古の書といわれる『エメラルド・タブレット』には、世界は9層になっており、それは自分の内にあったと著者トートが記しています。そして、9層のすべてに行ってみたとも書いています。
 ブラバツキーの『神智学』では、7層となっていますが(数え方によって9層になる)、ここでも、人間はそのすべての層にわたって存在していると言っています。
 ただし、物理的形(体)を持つのは下から4層上ったところまでで(層が上がるごとに体は大きくなり、エーテル体=にぎたま、アストラル体=さきみたま・・・というように名称が付いており、サイズもわかっています)。それ以上の層には個はなく、集合意識となって行き、最上位の意識(一神、大神)は宇宙大で、一つだと言われています。すべては入れ子状に納まっています。

 一神(大神)は、物質次元にも表われており、目に見えるすべての存在は一神の属性が表現されたものです。さらに、自分が一神であるという基点に立てば、すべては自分となり、虫も草も自分なら、悪もまた自分ということになります。他を否定するなら、自分の一部を否定することになり一神の座から落ちます。すべてを肯定したとき一神に融合します。

 『日月神示』も先のような世界観を伝えており、「大神」と「神」の使い分けがなされています。先の神示は「神世」といっていますから、究極の一神(大神)を言っているのではなく、3次元意識体より上位の意識体(人格神)の世になると言っていることになります。
 次に、なぜこの時代に上位の意識体が世に出るのかということですが、宇宙を構成するすべての存在は進化しており、その流れの中で地球も進化し高次の物理空間(以前よりエネルギー量の多い空間=振動数の高い空間)になるので、その振動数に同調できる意識体が表に出るということです。

 この大変化の中で、今の3次元意識体も、進化度によって新しい物理空間に入れることになっているのですが、その数はわかりません。入れなかった意識体は、3次元空間のある別の惑星に移動することになっています。神に聞いたわけではありませんが(笑)、物理法則で考えればそういうことになります。

 ここで最初の疑問に戻りますが、地球が進化し上位の意識体が出てくると、なぜたくさんの人が死に、文明が破壊されるのかということですが、これは、今の空間がそのまま別の物理空間になることと関係しています。
 このことは、振動の法則で解釈するのが一番わかりやすいと思います。古いメルマガで取り上げましたが、振動数が同じだと同化し、異なると分離するという法則(現象)です。馬と馬上の人との関係で説明したと思いますが、両者の振動数が同じなら、人馬一体となり何の問題もありませんが、異なると質量の小さい側(この場合人間)がはじかれます。お尻が痛くて乗ってられないことになります。

 地球と人間、地球と人間社会を比べると、質量が極端に違います。しかも地球にくっついて離れることができません。こういう状態で両者の振動数に違いが出てくると、質量の小さい方(人間、人間社会)がこなごなに砕けることになります。
 したがって、人間や人間社会がこなごなに砕けるのを見たら、地球の振動数が変わったと悟れということなのです。「一日十万人、人死にだしたら神の世近づいたと知れ」と言っているわけです。

○最後の救済

 しかし、日月系の神示では、本来なら破壊的なことは起こらなかったとも言っています。ここで、最初に説明した入れ子状になった神の世界を考えてほしいのですが、一神からのエネルギーを、心に従ってストレートに表現していたなら問題が生じる余地はなかったのです。
 ところが、頭の作り出した自我意識の偏った思い(概念、価値観、信念体系)が、肉体を低い振動数に下げてしまい、低い振動数の文明を作り出したために、振動数の上昇した地球空間に持ち込めなくなったのだと言っています。

 頭ではなく、内側から心を通して来るものに従うべきだったのですが、上位の意識体はもう待てないと言っているので、上位の意識体の計画に委ねるしかありません。
 これから起きる様々な出来事を体験することで、自我の価値観は消去され、同時に3次元意識体(魂)にプリントされた偏ったデータも消去されることになっています。これは、自我の価値世界と対極にある世界(現象)を体験させることで、価値観を中和させゼロに戻すという方法です。神々の最後の救済事業だとか。しかし、私たちは有限の肉体しか関心がなく、神々は永遠の魂のことしか考えていないというギャップはありますが・・・。

 人間の私たちがすることは、偏ったデータ(今世のものだけではない)が完全に消去されるまで、生き続けることです。消去できなければ、振動数を下げたままとなり、3次元意識体の退化となります。
 又、肉体を新しい地球に運ぶ役目の人は、生き続けなければ役目が果たせません。この先の時代を生きる手段を講じているでしょうか。

〈 付録・予定外の原稿 〉
 

 偶然に、『ラムサ』のチャネリング情報が入ってきたのですが、その内容は次のようなものでした。「これからは自然災害などが激しくなるので、それに備え、できるだけ安全な場所を確保し、食糧や水を備蓄しておきなさい」と。以前から多くの所で言われていることですが、これが、この先を生きていく手段です。

 最初に引用させてもらった『日月地神示』の最新の啓示(08年6月20日)では、「・・・いよいよ喰う物喰えんようになるゆえに、判るもの準備致し備えよ・・・」と言っています。今までは「判るもの」という限定言葉は使われていなかったのですが、ここに来て表現が変わってきています。事は近いのでしょう。

○食の消費パターンを改める

 今、日本の食糧は大変危うい状態にあります。日本は、食糧の60%を海外から輸入しているわけですが、その海外の食糧生産が、温暖化や異常気象で生産予測が出来なくなっています。
 又、食糧に政治が強くかかわってきており、政治的に食糧輸出を禁止する国々が出てきました。中国にしても、自国の状態を考えれば食糧輸出は出来ないはずです。輸入量が10%ダウンすれば、日本はたちまち食糧パニックです。

 自給している40%は、コメの出来高にかかっているのですが、これも温暖化の速度や自然災害によっては大幅減もありえます。
 コメは屋外で作る作物ですから、今年の生産量は収穫してみないとわからないというのが現実です。私も3年ほど前から農家から直接コメを買っているのですが、100%の保障はありません。

 地球レベルで気象予測の出来なくなっている時代ですから、食の考え方を根本的に改めるべきです。食のベースになっているコメは、野菜などと違い保存性の高い食品ですから、今年収穫したものを今年消費するのではなく、1〜2年分をストックしておいて、古いものから順に食べるという考え方をするべきです。キリギリスのような食パターンでは生きられなくなって来るでしょう。
 ちなみに、私は今2年物のコメ(古米)を食べています。まもなく3年物(古々米)になるのですが、どこまで食べられるのかを実験しています(農家から玄米で買ったものです)。

 「癒しの郷1号村(わくに村)」でも、コメの3年備蓄体制を考えているのですが、コメ入手先の確保(複数先)、保管スペース、保存方法、・・・などの様々な問題があって、簡単には進みません。
 皆様方も、今から本気で考えて下さい。おそらく、自分は1年間にコメを何Kg消費しているのかを計算することから始まるはずです。今の平均は60Kgです。しかし、50年前は120Kgでした。パンやめん類が食べられなくなると、60Kgではすまないと思います。

 スーパーに、5Kg、10Kg入りのコメを売っていますから、それを参考に家族が1年間食べる量をアナログでつかんで下さい。それが1年分の備蓄に必要なスペースです。
 日本人は、備蓄という思想がないために、住宅には備蓄スペースが設けられておらず、一歩目からつまずくでしょう。その辺りからスタートすることになります。今から本気で考えないと間に合わないことになります。
 

・・・・内輪話ですみません。
最近「癒しの郷1号村(わくに村)」という表現をみることがあると思います。リアル「癒しの郷」には「わくに」という名前を付けました。今、村も米の備蓄体制を整えつつあるのですが、その中でメルマガ読者の皆様へ、数量限定サービスとして、「米備蓄受託サービス」事業を考えています。これは、皆様からの申込みによって玄米を買い(60キロ」単位)、わくに村で保管し、次の年の米 が購入できたら古い米を精米して申込み者の所に送る、というサービスです。興味関心がある方はメールをください。反響によって事業化するかどうか検討します。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  229号 2008. 7/5