**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   228号 2008.6/5

 前号で、狩猟採集の生活から農耕生活にシフトした経緯を考えてみましたが、それは人間の発達指向に沿った自然な流れの中で生まれたものではなく、突発的な事情によって必要に迫られて始まったらしいことがわかりました。
 しかも、その農耕が必ずしも労働効率の良いものではないことにも触れておきました。
 
 又、古いメルマガで取り上げましたが、農耕が農業になってから飢饉が始まっています。これは、作付品種を限定するためです。江戸時代、冷害で松前藩では何十万人という餓死者を出しましたが、これは、米作に適している地域ではないのに、米一辺倒の農業を行ったことによります(江戸時代の税制に原因がありますが・・・)。
 古代の歴史を記しているという『竹内文書(たけのうちもんじょ)』には、古代人は「木の実(栗、椎、栃など)を食べ、14種類の穀物を育てていた」とあります。これだけの品種とつながっていれば、天候不順などで2〜3品種が収穫できなかったとしても飢饉にはなりません。食については、古代人の方が上手に対応していたように思えます。

 さて、この先私たちはどういう方向をめざしたらよいのでしょう。今号では一気に未来に飛んで、未来の暮らしから今取る道を考えてみます。

○30年先の地球環境

 チャネリング情報では、30年先の地球は、神智学で言うところのエーテル次元の物理空間になっていると伝えています。エーテル次元というのは、今の物質次元から、次の段階のアストラル次元に変化するための中間的次元世界で、地球では千年間の限定期間になっているとか。その千年間の世界を、キリスト教では『千年王国』、仏教では『ミロクの世』と言っています。

 そのエーテル次元に詳しいのは、チャネリングブームを作った「バシャール」でしょう。彼は自ら、エーテル次元の生命体だと言っていますから。そのチャネリング情報から日常生活の部分を取り出しますと、空間から直接エネルギーを摂取するので、飲食はしないし、魂意識が表に出ているので眠らないと言っています(私たちが眠るのは、自我意識が魂の活動を押えているため、自我意識を静止させて魂が活動するためと言われています)。
 『日月神示』では、ミロクの世のことを「半霊半物質の世界」、「今までの様な大小便のない、不潔というもの無き世」、「食物も衣類も住宅も皆変わる」、「金のいらぬ楽な世」と言っています。

 食べない、眠らないとなれば、生活のあらゆる面が変わってくるのは当然でしょう。今の私たちは、衣食住のために生きているようなもので、それが無縁となるなら夢のような世界です。
 そのような世界に今のまま突然入れるならよいのですが、どうも今の物質次元で、精神と肉体の準備を整えておく必要があるようです。

 肉体面に関して言いますと、あるチャネリング情報ですが、「(エーテル次元への移行は)食べ物もろくに取れないような過酷な状況の中で進行してゆき、それが一種の肉体行のようになり肉体の組成変化が起きる」とあります。もしそうなら、これから起きるといわれている食糧不足は、進化プロセスの一駒ともいえます。
 微生物の中には、環境の栄養価が下がると個体合体を起こし個体数を減らすものもいますから、食の欠乏が肉体の変化を引き起こすという説はそれなりに納得できます。

 エーテル次元へのシフトは、先にも言ったように意識の振動数の変化(地球の振動数の変化が誘導する)と肉体の化学的変化の両方が必要なようで、意識の変化が起きても肉体の化学的変化が起きなければ、肉体を持ってエーテル次元にシフトすることはできないようです。
 肉体の変化は、肉体が健康で化学物質などが蓄積していないなどの条件があるようですが、飽食もよくないようです。飽食については食糧不足という外部要因がストップをかけてくれるようですが、突然のストップはつらいですから、今から少食を心がけておくべきかもしれません。む

○これからの食の考え方

 『ラムサ・聖なる預言』には、「身体は分泌線からのホルモンで、何十万年も生きられるように作られている」とあります。
 『日月神示』にも、「食べないで死ぬことはない。食べるから死ぬのじゃ」とあります。どちらも、人間は口から食物を摂取しなくても生きていけるようになっていると言っています。

 又、『日月神示』には、「食べ物は今の半分で足りる」とか、「臣民一日二度食べるのざぞ」とかの記述もあります。
 人間は、今の物質次元においても、食べないからといって死ぬことはないらしいのですが、「食べなければ死ぬ」という思い込み(観念)があるために、量子力学の発見した原理通りに死ぬ(意識が物質の在り方を決定する)ということらしいです。しかし、観念の書き替えは至難の技ですから、まずは食を減らすことから始めたらどうでしょう。
 『チベット永遠の書』を記したT・イリアンだったか(?)は、一握の穀物で一週間の食をまかなったとその本の中に書いています。チベット潜入を計画してから、様々な訓練をしたようです。

 食の量は、一種のクセであって多いと体に負担をかけるというのが、健康法の基本的な考え方になっています。以前、肥田式健康術の創始者、肥田春充氏の食事を紹介したことがありますが、玄米少々と野草で十分と言っています。
 少食によって死ぬことはないのですから、今後予測される食糧不足に対しては、今から少食のクセをつけておくのが最良の方法ともいえます。

 食が今の半分になれば、自給の生活において農の部分が非常に楽になります。前号で、農耕は労働効率が良くないと言いましたが、食が少なくなれば非効率な作業が軽減されるわけです。
 さらに、木の実や野草を食の一部にしたなら、農耕作業はますます少なくてよいことになります。『上記(うえつふみ)』に、「栃、椎などの木の実を米に混ぜて食すがよい」という記述があるそうですが、今でも「栗ごはん」というメニューがありますから、それなりにおいしいのかもしれません。
 そういう食形態になれば、20〜30坪くらいの農地で穀物だけを作っていればよいことになり、手作業だけで農耕が可能になります。

 残された22年(ジュセリーノさんは、日本列島は22年後の2030年には巨大地震や噴火で崩壊し、2038年には海中に没すると言っています。バシャールのチャネリングでは、2025年ぐらいから空間の分離が始まると言っています。その通りなら、2030年の巨大地震や噴火などは見ない人もいることになる)を、エーテル次元にシフトするための準備期間と考えるなら、ものの見方が大きく変わってきます。

 08年5月29日、国立環境研究所などの14の機関が、地球温暖化による日本の影響調査を発表しました。その一つですが、温暖化の速度にブナ林の自然移動速度が間に合わず、白神山地のブナ林は消滅すると言っています。
 ジュセリーノさんの予知では、温暖化の速度はもっと早いですから、今各地で作付している農作物が、その地でいつまで育つのかは予断を許さないところがあります。淡水不足は日本でも起きるようですから、米も安定食糧とは言えません。

 このように考えると、食は少食にするのが方向で、しかも古代人のように多品種を食べ、木の実や野草も食品の一部に加えるべきということになります。
 食がそのように進むなら、農は穀類の多品種生産ということになります。産業としての農業はそのように動かないでしょうが(ジュセリーノさんは、2014年には広範囲で農業が不可能になり農家が廃業すると言っています)、自給の農ならそういう変更が可能です。

 2回に渡って、食ということ、農耕ということを取り上げましたが、一度概念の見直しをする必要があるのではないでしょうか。

内輪話ですみません。
雑穀に昨今人気が高まっているようです。遅ればせながら我が家も白米と一緒に簡単に炊ける十五穀を買って食してみました。クセもなく美味しくいただきました。入っていた雑穀は「黒米・餅粟・アマランサス・黒大豆・発芽玄米・白ゴマ・キヌア・小豆・大麦・餅キビ・赤米・はと麦・トウモロコシ・ヒエ・黒ゴマ」でした。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  228号 2008. 6/5