**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   226号 2008.4/5

 年末に発行した222号で、「北京オリンピックは開催されない」という予言を紹介しましたが、確かに妖しい雰囲気になってきました。
 「仁慶メモ・89号」で紹介したときには、「アメリカに内乱が起きる」という話も紹介しておきましたが、これについても最近似たようなことを言っている情報に出合いました。いくつかの発信元があるようなのですが、2〜3の情報をまとめて要約しますと、「ブッシュ大統領は、世論の圧力により任期を待たずして大統領の座を失うことになり(8月頃か)、暫定大統領としてアル・ゴアが選ばれる」と言っています。

 もしその通りになると、事は『ジュセリーノ予知』の通りに進んで行くことになります。政治は年ごとに混迷を深め(日本でも日銀総裁席が空白になりました)、政府には頼れない時代になって行くようです。個人で行えないことは国家が行うという今の体制が、次第に有名無実になって行くということです。
 私たちが直接痛みを受けるのは、地震などの自然災害、ハイパーインフレ、グローバル経済の破綻、食糧不足、海面上昇、都市機能の崩壊・・・などですが(これらはすでに期日決定で予知されている)、私たしはどの時点で、どの体験で概念(信念体系)の組み替えを行うのでしょうか。

 ジュセリーノさんは、「私の予知を受け入れたときからその人の浄化プロセスが始まり、リスクの回避もできる」と言っています。なぜグローバル経済が破綻するのだろう。どういう考え方がそういう結末を作り出すのだろうと立ち止まって考えるようになったとき、意識の変化が始まり別の現実(混乱を通過しない現実)を作り出すのです。量子力学的解釈です。単なる物理学的メカニズムです。
 今号では、概念(信念体系)を組み替えるための一つのテーマを提供しま
す。

<私たちの何が3次元世界を壊しているのか>

○ 酸素濃度はどうでもよいことなのか

 日本の「国立環境研究所」という機関が、興味ある観測データを発表していました。簡単に結論だけ紹介しておきますが、「99年〜05年の大気の測定結果、酸素は毎年4ppmづつ減少しており、二酸化炭素は毎年2ppmづつ増えている」(読売新聞 08年2月11日)と。
 今、私たちは、二酸化炭素の増加のみを問題にしていますが、測定数値で見る限り、酸素の減少の方が大きな問題のように思えるのですが・・・。

 チャネリング情報は、酸素減少の問題を指摘しています。ゼータトーク系の情報だと思うのですが、要約しますと次のようなことを言っています。
 「宇宙から降り注ぐ放射線から生命を守るためには、大気をもっと濃い状態にして強力なシェルターにする必要があります(私たちの科学でも、宇宙からの放射線がDNAに傷をつけ皮膚ガンなどを発生させることを言っている)。そのためには、空気層の厚さを1万2千mぐらいにすべきで、方法としては酸素の濃度を太古の状態、30%前後(現在は20%)に回復させることです」と。

 過去の地球の酸素濃度を調べることは難しいのですが、最近のコンピュータを使った大気シミュレート研究によれば、3億年前の酸素濃度は30パーセント近くまで上昇していたと言っています(『恐竜はなぜ鳥に進化したのか』文芸春秋)。
 そして、ドイツの科学者が興味ある発表をしていました。「放射線によって、大気の素粒子が励起され(物質のエネルギー量が増加すること)、その励起された素粒子クラスター(ブドウの房のように連なった塊)が低層大気中に充満しており、それが凝縮されて濃い雲を作っている」と。近年の異状な局地的豪雨などはそれが原因と考えているのです。
 先のチャネリング情報からいえば、地球の大気層が薄くなったために、低層部まで大量の放射線が降り注ぎ、低層部の素粒子を励起させたと考えることもできます。

 この小さな話が目に止まったのは、ジュセリーノさんが言っていた「07年12月以降から黒い雲が世界中に広がり、12年からは黒い雲の時代といわれる気象的なカオス(混沌)が始まる」に何か符合するものを感じたからです。

 大気の層を厚くすること(太古の状態に戻すこと)で、宇宙からの放射線が防げるなら、やはり酸素量を増やすべきでしょうし、地球の森林(植物)量を元に戻すことだという結論になります。
 すでに放出してしまった二酸化炭素を減らし、酸素を増やすには植物(光合成)にたよるしか方法がありません。

 森林はその他にも多くの働きがあり、地球温暖化を緩和するシェルターにもなります。洞窟の中は、外気温は関係なく常に一定温度を保っています。深い森林の中も温度は安定しており、日本ぐらいの緯度だと真夏でも20度以下だそうです。
 地表部の気温は、大地の蓄熱量と大きな関係があり、大地に直射日光を当てなければ、温暖化も大きな問題にならないと言われています。
 しかし現実には、私たちの生活空間には太陽光をさえぎるような森林はありません。森林と共存するような暮らし方ではないからです。

 チャネリング情報は、樹木は人間が思っている以上に進化した生命体であって、大地の管理人としての役割りを果たしていると伝えています。つまり、樹木が地表環境の安定化をはかっているのだと。これは量子力学的に考えても(意識が物質の在り方を決定する)そういうことが言えます。
 自我意識を持たない樹木は、喜怒哀楽の感情を発しないですから、非常に安定した意識にあるといえます。安定した意識は、安定した現象を作り出すことになります。
 ところが、自我意識を持つ(喜怒哀楽にゆれる)人間が増え(現在65億人)、樹木が伐採され少なくなると3次元現象としての気象は荒れ、天変地異も多くなるといえます。

 『超シャンバラ』には、「地上ではあなた方の想念は暴走しており、混沌と恐怖が気象パターンとして反映されて返ってきています。あなた方が感情を爆発させれば火山が爆発します・・・」とあります。

○ 私たちはなぜ木を切るのか

 私たちの問題は、化石エネルギーを大量に消費すること以前に、森林をこともなく伐採する(地球環境を変える)考え方にあるといえるのです。その思考はどこから生まれたのでしょう。根っ子はその部分です。
 化石エネルギーを取り出すのは、その思考の延長上の行為にすぎず、二酸化炭素が出たのは単なる結果です。仮に二酸化炭素を除去しても、根本部分の概念のズレを正すものではないですから、次にまた同じような問題をつくり出すでしょう(現実にはこの次はないですから、今の時代に概念の組み替えを完了させる必要があります)。

 私たちが地球という惑星に生まれたのは、その惑星の個性を体験するためです。個性の体験を否定するなら、地球に生まれる意味がなくなります。
 まずは素のままの地球環境に同調することです。振動数を合わせて共振することです(木を知りたいなら木と向き合い、自分が木の気持ちになるということです。そして五感すべてを使って先入観なしに感じ取るということです)。それが体験するということであり、知るということです。
 その次の段階が、人間の創造を加えるということでしょう。これは、在るものすべてを活かし、さらに一歩を進める(さらに豊かにする)ということで、不都合なものを取り除くことではありません。人類は、このあたりのことで何か間違えたのです。根が深いです。

 間違いの一つは、農耕であったといわれています。人間はなぜ農耕に手を出したのでしょう。その理由として従来は、狩猟採集の生活は自然の影響をダイレクトに受け、不安定で貧しい生活であったために、暮らしの安定化をはかるため農耕を始めたと説明していました。
 ところが、考古学の研究が進むにつれ、狩猟採集の生活は(日本の三内丸山遺跡にも見られるように)、物質的にも精神的にも大変豊かであることがわかってきました。それに比べると、初期の農耕生活は大変不安定で、物質的にも精神的にも貧しい生活になっています。
 土器など工芸家の目でみて、狩猟採集の時代であった縄文土器はゆとりをもって作られています。亀が岡土器の多様さには圧倒されます。それに対し農耕に入った弥生時代の土器は、機能本位で作られており遊び心を失っています。生活にゆとりがなかったように思えます。

 人類が農耕に手を出したことはともかく、良い結果が出なかったのになぜ元の生活に戻らなかったのか、考古学では説明できなくなっています。
 現代の私たちの概念の狂いは、この辺りの間違いを引きづっているようです。なぜ農耕から狩猟採集の生活に戻れなくなったのか。この話は次号で考えたいと思います。大変おもしろい話です。

・・・・内輪話ですみません。
先日、リアル癒しの郷1号村の町内で、91歳のおばあちゃんが亡くなり葬儀の連絡が入りました。お通夜は参列しなくてもいい、ということで次ぎの日に告別式に行きました。今の御時世ですし戸数も少ない町内ですから、自宅ではなく街の法要会館での葬儀となりました。田舎の葬儀のしきたりを知らず、簡単に焼香だけして出棺を見送って帰ろう、と思っていたのですが、そうも行かず最後まで参列することになりました。町内会長さんに誘われるままに、棺に付添って焼き場まで行き、その後菩提寺にも行き、お骨が帰ってきたら初七日法要の仕上げの席まで町内の皆さんと御一緒させて頂きました。私たちは新参者で他所ものという気持ちがいつまでもあるのですが、町内の一員として葬儀に参列させて貰えてびっくりしました。しかしこの機会にきっちり御近所外交もしてきました。・・


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  226号 2008. 4/5