**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   225号 2008.3/5

 今号は「仁慶メモ」用に書いていた話しをメルマガで紹介したいと思います。

● 社会構造は人々の意識レベルが選択する

<豊かな社会の作られ方>

 豊かな社会は、すべての個人の暮らしは全体(グループ、コミュニティ、国家)が保障するという考え方から生まれます。そのような仕組であると、全体の豊かさが個人への保障量(豊かさの量)となりますから、豊かさ(富)の源資である知識、技術、アイデア、労働の出し惜しみがなくなります。
 お金の制度は導入しません。お金を介在させると富が流れなくなるからです。お金はプールでき、プールしている期間は富の流れを止めるからです。お金がなければ、富は提供される都度リアルタイムで消費されて行きます。

 そして、さらに豊かな社会を望むなら、価値物に個人の所有権を認めず使用権があるのみとします。本人が使用していないときは、誰が使ってもよいことにします。ただし、使用権者が必要とするときは、最優先でその人のところに使用権が戻る制度にします。
 このような仕組であれば、価値物の死蔵がおこらず、あらゆるものが効率よく活用されることになります。これは同じものを沢山作る必要がないということであって、さらなる多様性が生まれるということになります。

<貧しい社会の作られ方>

 貧しい社会は、個人の暮らしは個人の責任とする考え方から生まれます。この考え方を持つとお金の制度が必要になります。暮らしの安全性をプールできるお金で保険する必要があるからです。
 お金が介在してくると、人々は富の源資(富を得る手段)である知識、技術、アイデア、労働をお金と交換できるときのみ出すようになります。これで全体に出回る富の量は全体のお金の量に規定されます。しかも、お金は、お金儲けの上手な人のところに集まり、集めた人が大量にプールするために(お金持ちだからといって、100人分の食事はできませんし、100台の車も乗り回せませんから、プールしておくしかありません)、お金の総量よりはるかに少ない富しか出回らなくなります。

 そして、個人の暮らしは個人の責任となると、価値物に所有権を主張するようになります。当然の帰結です。所有権が認められると、少ない価値物が死蔵されることになりますから、全体としてはさらに貧しい社会になります。

<貧しい社会から豊かな社会へシフトする方法>

 前者の豊かな社会の仕組は、実はすべての家庭で使われている仕組です。価値物の権利については使用権よりもさらに進んだ共有権になっています。しかし、家族は多くても数人ですから、仕組はすぐれていても豊かさの量には限りがあります。
 この限界を越えるためには、人々が血縁を越えて集合し、家族と同じ仕組を使えばよいのです。人数が多くなった分、小さな家族よりは豊かになります。その豊かさを見た個人や家族は、同じ方向に進むことを考えるでしょう。
 そのような集合体がたくさん出来てくると、やがて、集合体と集合体の融合も実現するでしょう。さらに豊かな集合体が生まれます。この流れは止まらないでしょう。

 このようにして生まれてくる集合体の中は、お金を必要としない世界ですから、次第にお金の必要性が低下します。お金をプールして自分の暮らしを保険する必要もなくなるわけですから。その結果として、お金の量に規定される貧しい社会は自然に崩壊します。これが、貧しい社会から豊かな社会へシフトする方法です。

 さて、以上の話、どう判断されるでしょうか。豊かな社会は作れると思うでしょうか。それとも現実を考えると理想論にすぎないと思うでしょうか。
 どちらを思っても間違いではありません。それが意識レベルです。チャネリング情報は、地球はまもなく5次元惑星になると伝えています。5次元世界でお金を使っているところはまずありません。先のような豊かな社会は作れると思った人は、5次元に変化した地球(もしくは5次元の別の惑星)に行くでしょう。
 まだ無理だと思った人は、そういう暮らしがまだ無理な3次元惑星にシフトするでしょう。すべての人が、自分の信念が通る世界に行くわけですから、みんな幸せになれます。

 おそらく地球では、資本主義体制によるグローバル経済が破綻したとき(すでに根底部分で破綻したとも言われている)、海面上昇によって平野部の機能(都市、臨海工業地帯、平野部の農地)が失われたとき・・・を切っ掛けに、順次豊かな社会システムに向かうでしょう。従来の個人や家族を生活単位にした暮らし方では生きて行けなくなり、生活グループを形成せざるを得なくなるからです。
 早くその方向にシフトすれば、緩やかな変化で目的世界に入ることが出来ます。遅くなれば破局を体験し、一気に変化することを余儀無くされますから、多少痛い目に合うかもしれません(笑)。

・・・・内輪話ですみません。
最近は二十数年ぶりに値上げをしたとか、価格高騰とかという話しをよく耳にします。安い商品にすっかり慣れた生活をしていたので財布の中身が減る以上に、目から入って来る値札の数字にびっくりしています。収入は増えないのに支出ばかり増えて今の生活に不安を感じます。新しい世界にシフトすればそういう心配もなくなるのでしょうが、いつになるのでしょうね。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  225号 2008. 3/5