**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   224号 2008.2/5

 前回に引き続き、西洋人と日本人の生活観の違いということで、今回は「住」に対しての考え方の違いを紹介します。

○西洋人は、自分で家が建てられる

 私たち日本人は、料理は家庭で作って当然と思っていますが、それと同じ感覚で住居も家庭で作って当然と思っているのがロシア人です。
 ロシア人が自分で家を建てるようになったのは、ソ連時代に制度かされた「ダーチャ」(一定面積の自家用菜園を国家が貸す制度)がきっかけでしょう。土地は役所に申請すれば貸し与えられたのですが、それは全くの荒地でした。そのために借りた人が土木工事をし(道を作ったり、水路を作ったりし)、農地に改良し、そして、場所が郊外であったために、住居を作っていったのです。
 そのダーチャを、ロシア全世帯の8割が利用していると言いますから、8割の世帯が家族で家が建てられることになります。

 ドイツのクライン・ガルテン(郊外の個人菜園)も、菜園に建てる家(ラウベ)は自分で作るそうですから、ドイツ人もかなりの世帯は自分たちで家が建てられることになります。
 一般にヨーロッパ人の多くは、自分で家を作ることに抵抗感は持ってないようです。

 私が20代の頃で、ホームセンターの開発という仕事をやっていた時、欧米各国の『DIYハンドブック』を取り寄せたことがあるのですが、どの国のものにも家の建て方が詳しく説明されており、さすがの私もおどろきました。

 アメリカは、まだ開拓時代の記憶が残っている国ですから、自分で家を建てる人がいても不思議ではないのですが、『DIYハンドブック』から推測すると、ヨーロッパでもある程度の人は自分で家が建てられるのでしょう。工業社会の分業の暮らし方に一番乗りをした民族なのに、未だに自給自足的な暮らし方を温存していることに、何か人間的な興味を感じます。そのことが、共産主義社会の体制崩壊の際には、人々の生活を保険したわけですから、教訓として受け取るべきことかもしれません。
 今の日本で、経済体制が崩壊したら、太平洋ベルト地帯で巨大地震が発生したら・・・どんなこのとになるのかとつい考えてしまいます。

○自分で家が作れないなら地方の生活も危険

 日本では古代から社会分業が進み、近世に入ると農家でも、住宅建築は大工さんにまかせるようになっています。そういう専門家文化(「餅は餅屋」)になりましたから、日本では職人技術が高度に発達し、家は工芸品のような高度なものになりました。それが日本人の家の基準になり、家は素人には手の出せないものとなりました。
 今まではそれで問題なかったのですが、近年自然災害が多発するようになり事情が変ってきたと思います。

 住居が、自然災害などで寿命のくる前に壊れることになると、お金で作ってもらう(専門家にまかせる)生活スタイルは成立しないでそう。
 阪神大震災で住居を失い、再建を果たした人の中に、二重ローンに耐え切れなくなり自己破産に至った人がたくさんいます。しかし、経済の活発な大都市では二重ローンに耐えられる人もいるわけですが、これが地方だと、特に郡部になると、全員が難民状態になります。

 郡部には、一生に2軒の家が建てられるほど実入りのよい仕事はないですし、元々、賃貸住宅など無い所ですから、家を失ってしまうと本当に住むところがなくなります。当座の避難所、被災者用仮設住宅まではよいのですが、そこから先がないのです。仮設住宅の期限がくると住む所がなくなり、地元に仕事があっても賃貸住宅のある都市に出ていかざるを得なくなります。家が自分で建てられない日本人固有の悲劇ともいえます。

 ついでながら言いますと、農家はもっと大変なことになります。避難所に入ったときから自分の農地への行き来が難しくなり(幹線道路以外の復旧は後回しになる)。畑に野菜が育っていようと、ニワトリが卵を産んでいようと・・・手がつけられなくなります。
 そして、農業は作業場や倉庫などを必要とする自営業ですから仮設住宅では仕事にならず、設備一式が再建できなければ離農するしかなくなります。農地が残っているだけに、その後のことは勤労生活者より大変です。

 家が突然壊れたら、人生も壊れるという生き方(家は専門家に建ててもらうという生き方)は、今後社会的にも大きな問題になってくるでしょう。
 一つの例ですが、鳥取西部地震(2000年)で大きな被害を受けた日野町では、そのままでは住民が流出し(先のような理由からです)、人口を失ってしまうということで、町独自の判断で住宅再建資金を助成(1軒100万円)しました。その支出が7億円余りになり、今度は町が財政破綻になってしまいました。前町長が財政破綻予告をしたのですが、現在、職員を2割削減して耐えているとか。

 いつおきても不思議ではない東海・東南海・南海地震で、今回の「改正・被災者生活再建支援法」をまともに運用したなら、政府が先の日野町のようになるでしょう。しかも、それで被災者の生活が元に戻るというわけではありません。個人と国の両方が大きなダメージを受けることになります。
 生存条件である「衣食住」のすべてを、お金で買うという私たちの生き方を考え直す必要があるでしょう。特に地方においては、自由にお金が生み出せるような経済環境ではないわけですから、生存条件をお金で買うという生き方はそもそも矛盾しています。
 都市の場合、巨大地震とハイパーインフレが同時に発生すれば(たいがいセットで発生します)、お金で生活条件を買う生活は一瞬にしてクラッシュします。ジュセリーノさんは、08年9月13日中国か日本の東海で巨大地震があると言っています。今、お金に余裕のある方は、ロシアの「ダーチャ」のような生活を考えたらどうかと思います。

<参考>
 農山村に移住し、農的な生活をしようと計画している人は、お金を建築技術に変換して行くべきです。農的な生活にはたくさんの建物が必要になります。作業場、倉庫、格納庫、トリ小屋、畜舎、資材置き場、・・・、すべてお金で作れますが、技術はハイパーインフレが発生しても目減りしません。
 「癒しの郷」が、食住の自給をセットで考えているのは、今回のメルマガの話のような理由からです。「仁慶メモ」では、シリーズで、パネル工法による住宅の作り方を紹介していましたが、現物の方に手を取られ詳しい説明ができないままになっています。現物の建物の方が先に出来ていますから、いずれ写真で紹介したいと思っています。