**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   204号 2006.7/5

 今号は、共同の生活の必然性とリアル「癒しの郷」の進捗状況を紹介したいと思います。

 「癒しの郷」の方法論の一つに、コハウジング方式の住まい方があります。本当は縄文社会方式と言うべきなのですが、コハウジングの名称の方が世界的に広まってしまったのでそれを使っています。
 ヨーロッパで縄文社会のような暮らし方を最初に提唱した人は、デンマークのヤン・グッドマンド・ホイヤーと言う人です。1960年代の半ばのことです。このホイヤーのコンセプトを英語に翻訳したときコハウジングという言葉になり、これが世界に広まることになりました。

 そのデンマークでは1970年代からコハウジング方式が受け入れられるようになり、今では少なく見積っても数百団地はあると言われています。これは以外に大きな数字です。デンマークの人口は500万人ぐらいですから、日本で言えば福岡県や兵庫県ぐらいの人口です。その中に少なくとも数百団地あるというのですから、一つの団地のスタイルになったといってよいでしょう。
 そのコハウジング方式は、1990年代に入ってアメリカやオーストラリアでも受け入れられるうよになり、エコビレッジと言われるコミュニティでは基本方式のようになっています。

 同じ70年代北欧ではコレクティブハウス(集合住宅による共同生活方式)という暮らし方が広まっていきました。考え方は同じものです。共同の暮らしを個別住宅で行うか集合住宅で行うかの違いです。都市部では集合住宅を使うのが現実的でしょう。コレクティブハウスは日本では主に高齢者施設の方式として使われています。

 また70年代は、カウンターカルチャー(対抗文化)と言われる世界にいた人たち(アーティスト、ヒッピーなど)によって、世界中で共同体(自給自立を目指したコミュニティ)作りがスタートした時代でもありました。
 メルマガで取り上げたイタリアの「ダマ・ヌール」なども70年代に建設の始まった共同体です。13人のアーティストでスタートした村は、20年後に750人となり、今は1000人を越えたということです(45のコミュニティの連合体としての人口)。
 コハウジングやコレクティブハウスは既存の社会との折り合いをつけた共同生活方式ですが、共同体は自己完結性を目指していますから、既存社会からの制約が少なく、時代性がもっとも強く示されている暮らし方と考えられます。

 さて、本論はここからですが、欧米社会で、どちらかと言えば個人主義的な色合いの濃い国々で、どうして長屋生活のような共同の暮らし方が始まったのでしょう。
 ここには止むに止まれぬ事情があるのですが、欧米のことは分かりにくいので、身近な日本のことで説明しておきます。

 今、日本は少子化が進みこれまでの国家制度が維持できない状態になりつつありますが、この原因の一つに家族(世帯人数)が小さくなりすぎて、子育てが物理的(人数的)に出来ないということがあります。
 そしてさらに深刻な問題は、生まれてきた子供も1人や2人の少人数の大人に育てられたために、社会不適応者が多いことです(人間にもすり込み現象が働くため、子供の時多人数と接していないと正常な社会人になれない)。最近の子供の事件など、社会不適応から生じたものが大半です。

 また家族(世帯人数)が少なくなると、老人の世話が家族では出来なくなります。つい先日(6/28)NHKのテレビ番組(クローズアップ現代)で、介護心中の問題が取り上げられていましたが、今のような小さな家族では対処方法がありません(私も老親を介護している身です)。
 日本で世帯人数が3人を割ったのは1980年です。その小さな家族の問題が今現実の問題として出て来ているわけですが、このような問題を欧米は日本より30年早く体験しました(欧米諸国は1950年頃に世帯人数が3人以下になっています)。その結果、70年代から新しい暮らし方が始まっていたのです。

 日本では北欧を福祉国家と言っていますが、そういう国民性であったわけではなく、そういう制度を作らざるを得ない状況が先にあったわけです。そして人々は世帯人数を増やす必要に迫られており「必要は発明の母」の法則でコハウジング、コレクティブハウス、共同体・・・といった形が生まれたと言えます。
 日本でも少子高齢化が進み、福祉制度を充実させました。しかし制度だけで子育てや介護が出来るはずもなく、まもなく世帯人数を多くする暮らし方が求められることになるでしょう。
 国家財政が夕張市のようになれば、国家制度は機能しなくなりますから待った無しとなります。しかしまだ何のノウハウもないというのが現実です。急激な事があればしばらくは混乱が続くでしょう。

 「癒しの郷」は単なるコハウジングではなく、財布を一つにする共同体を目指しています。この理由は単純で重要な部分ですから少し説明しておきます。

 自給型コミュニティは、宅地以外に農地や山林などを持ちますから生活スペースが大きくなり、施設や道具なども多くなります。これらの維持、管理には相当の作業量を必要としますが、現金収入にはなりません。もし、個々に経済を成立させ、個々に財布を持つ方式にすると、コミュニティの維持、管理という仕事は誰もしなくなり(時間的にも出来なくなり)、やがて敷地は荒れ果てて人の住めない所となります。オーストラリアのエコビレッジでもそういう所がたくさんあるようです(これの詳しい話は機会を改めます)。
 広いスペースを持って、経済は個々に成立させる方式だと必ずそういうことになります。

 現金収入にならない作業を行ってくれる人がおり、その人も生活出来るようにするためには、家族と同じように基本部分で財布は一つでなければなりません。「癒しの郷」はこの方向でのシステムを考えています(都市部でのコレクティブハウス、都市近郊での農地を持たないコハウジング団地なら、全体の維持、管理作業が少ないですから個々に経済を成立させる方式も可能です)。

リアル「癒しの郷」紹介
http://www.geocities.jp/kumonoito_2/kaiko

・・・・内輪話しですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
バーチャル「癒しの郷」がリアル「癒しの郷」になって早1年が経ちました。週末通いの作業ではなかなかはかどりませんが、現場の渦中にいると結構開けた感じはしています。昨年の物件案内では、イラストを駆使して建設計画図などを紹介しましたが、ほぼ計画通りに進みそうな状況が現実になっています。今から思えば昨年の物件案内に書いたことは希望的観測だったのに、ほぼ現実になっているのが嬉しいような恐いような・・・。実は仁慶がイラストに描いたことは、大小に関係なくだいたいそのままの形で実現しています。イラストを捨てると現実が消えます、恐ろしいです。本人は量子力学の法則だと言っています。今、二次募集の計画を練っています。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  204号 2006. 7/5