**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   196号 2005.12/15

自我の性質から見たグローバル経済後の在り方 1

 自我は、より細密に、より深く、より一点に集中していく性質を持っています。そしてこの方向に進んで行く事を進化と考え、教育もその方向に沿って行われます。つまりメートル単位で考えていた人に、センチメートル単位で考えられるようにすることが、さらにミリメートル単位になって行くことが、進化向上と考える訳です。

 しかしその方向に進むと人は幅を失います。一定エネルギーでより細密により深くとなると、幅を狭めなければ身体が持ちません。
 自我がそういう方向に進むために、人の作るグループや組織はどんどん人数を必要とするようになります。そうしないと欠落部分が生じてグループが破綻するからです。このような事から人間の集団は自動的に大きくなる性質を持っていると言えます。
 特に企業などは、商品がより細密により深くなっていくことで、評価されますから(購入してくれる)、大きくならなければ商品の進化が進められず淘汰されることにもなります。

 このようなことから、経済は国境を越え、今日のグローバル経済となったわけですが、これは六十億人をメンバーとする自給自立の共同体を作ったということでもあります。

 人間は一人では生きられないですから、いつの時代も共同体(合同、分担相互を行う集団)を作って暮らしてきました。そして今、その共同体は極限の大きさに達したという訳ですが、それでも自我の進行は止まることはないでしょう。従ってこれ以上メンバー募集出来ないなら欠落が生じます。誰も言いませんが、グローバル経済は欠落によって破綻するのかもしれません。原子力などは以前から興味の対象ではなくなっており、本気で研究する人はいないと言われています。原発の安全は次第に怪しくなってきます。
 仮に欠落の問題は防げたとしても、この巨大な共同体は化石エネルギーに依存していますから、使い切ってしまえば自然崩壊です。その後人間はどんな共同体を作るのでしょう。

 次ぎの共同体は個人的にも大変興味のあるテーマです。極限までいって壊れたなら小さくするしかないのですが、一人一人が今の知識、技術幅のままでは、小さな自給自立の共同体は作れません。今、私たちが持っている知識や技術は自給自立世界を六十億に分割した一マス分です。このままで少人数の共同体を作ると機能は欠落だらけで自給自立は成立しません。自給(衣食住の自己調達)は六十億人であろうと、六十人であろうとやることは同じです。人数が少なくなれば一人一人が広いエリアをカバーしなければなりません。

 では一人一人が浅くてもよいから何十人、何百人分もの知識と技術をマスターできるかといったら、これは自我の性質上出来ません。自我は深くには意識を集中させることが出来ますが、浅くには集中性を持たないのでマスターしにくいのです。
 このような事から、グローバル経済の破綻後は、考え方の大転換か出来たものだけが生き残ることになります。
 どのように転換したらよいのかは、次回説明します。

・・・・内輪話しですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私の回りでいま玄米食とか肉を食べないとか、という話題が飛び交っています。どれも身体に良い事なのですが、面倒臭がりな私には他人事のように思えます。我慢したりそれをしなければならない、ということが大変なストレスになりそうです。この前厳密にこういう食生活をしている人をテレビで見ましたが、とても真似できません。またやる動機がないのも理由です。いたって健康だし太っている訳でもないし、今が幸せ、と思って生活しているのが私にとって一番の健康術かもしれません。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  196号 2005. 12/15