**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   194号 2005.11/25

 前回説明できなかったマイナス出資(マイナス貢献)のことについて触れておきます。これは、ときどき起こることだと思っています。
 例えば私が、コミュニティの外でトラブルを起こしペナルティを課せられたとします。損害賠償といったこともあるでしょう。このペナルティを受け止めるのは、基本的にコミュニティです。個人ではありません。コミュニティの施設を壊したという場合も同じです。当然コミュニティにとっては損失となり、資産の減少となります。マイナス出資の発生です。(「癒しの郷」方式では、全員株式を所有していますから株式の価値が減少することになります)。

 しかし、そのトラブルは私に大きな過失があって、メンバーの多くが本人負担にすべきではないのかと言ったらどうすべきでしょうか。個人のミスは、あくまでも個人の責任(負担)というのであれば、共同体ではなくなります。かといって、何であれ全体負担にすれば、次第に依存心が拡大して行き全体が行き詰まります。
 現実面の事務的処理でいえば、ある種のバランス点に納めることになるのでしょうが(例えば、半分は本人負担、残り半分は全体負担といったように)、重要なことはそのバックにある考え方です。

 これは「仁慶メモ」にも書いておきましたが、機能集団(営利事業体など)は、その機能を維持することが主目的ですから、それに貢献できない人は切り捨てます。それはそれで正しい在り方です。
 それに対し、共同体は共同体であることが目的ですから、何があっても切り捨てはありません。行き詰まって破綻するなら全員一緒に死ぬのです。それが共同体です。その考え方、認識、覚悟を持った上で、本人負担をどうするか、全体負担をどうするかということです。本質を共有していればバランス点は発見できるのではないかと思っています。

 次に、マイナス出資が発生した場合の本人負担の処理ですが、本人の小遣い(コミュニティの生活の中で受け取ったお金)で負担できればそれで解決ですが、それができない場合、最後は出資額の減額となります。
 「癒しの郷」方式では、出資は株式に変換されていますから、まずメンバーの誰かに株式を買ってもらうという方法がありますが、それができないときは負担に相当する株式を返還(権利放棄)することになります(これの事務的な処理方法はここでは説明しません)。

 このことは、入村資格を満たす出資をクリアーしていても、その後、資格を失うこともあるということです。前号で、「癒しの郷」では出資の上限枠を定めていないのも、先のようなことが考えられるからです。入村後にマイナス出資(負の貢献)も有り得るということを知っていれば、出資の多い少ないが即不公平の問題になることもないでしょう。出資の多い人は、安心を得ているという考え方になると思います。

 なお、マイナス出資になった場合の埋め合わせですが、建設期においてはそれほどの心配もいりません。この時期は、たくさんのエネルギー投入の方法(現金、労働、技術、物品など)がありますから、自分に合った方法で追加出資をして行くことができます。人生訓として、「出来るときに、出来ることを精一杯やっておけ」と言いますが、共同体でも全く同じです。その内、究極の公平とは、出資額をイコールにすることではなく、それぞれがその時持てる力を精一杯投入することにあると気付くでしょう(この話は改めてしたいと思います)。

 次に、生活期(安定期)に入ってからのマイナス出資の埋め合わせですが、これは難しくなってきます。建設期は、ゼロ状態のところに様々なもの(機能やモノ)を積み上げていくわけですから、多様な出資形態の受け入れがしやすいわけです。
 しかし、一通りの建設も終わり生活期に入ってくると、三次元的な生活機能やモノは必要ではなくなり、求めるものも快適さや平和といった精神的なものに変わってきます。そうなってくると埋め合わせ出資として受け取れるものが限られてきます。これは今後「癒しの郷」においても研究すべきテーマだと思っています。

 少し結論的なことを言っておきますと、自我文明で安定期の秩序システムをうまく作り出した所はありません。古代ローマにしても建設期を無限に引き伸ばし、もう建設するものがなくなったとき終わりとなりました。
 今の日本も(明治以降)、建設期を続けています。止める方法がないのです。止めると借金の先送りができなくなり、破綻するとかなくなります。
 共同体も同じであって、生活期(安定期、ゼロ成長期)にマイナス貢献をしてしまうと、それを埋め合わすことが大変難しくなります。

 一つの解決策は、これは私のイメージですが、物的建設期が終わったなら、精神的建設期に入って行ったらよいのです。これに終わりはありません。しかし、過去の文明でこれを成し遂げた例はありません。「癒しの郷」はやってのけるかもしれません。

・・・・内輪話しですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
実はこのメルマガも近い内に終止符を打とうと考えています。「癒しの郷」を創ろうというタイトルで5年間掲載しましたが、リアル「癒しの郷」が手に入り、現場も動きだしていますので、ここで一区切りつけようと思っています。今までメルマガに書いてきたことを実践していくので、それについての話しもまだまだ紹介したいのですが、現場との両立が難しくなってきました。「クモの糸」サイトはありますので時々訪問してくだされば、何か情報があるかもしれません。しかし情報もクローズしている方が多いので、直接メールでお問合せくださっても構いません。いつが最終回になるかはまだ決めていませんが、残りわずかな発行を有意義な内容でお届けしたいと思っています。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  194号 2005. 11/25