**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   191号 2005.10/25

 仲間内から、現実の共同体が動き出したのにいつまでも「癒しの郷を創ろう」はおかしいのでそろそろ次ぎの段階に入るべきだという意見があります。ごもっともな意見です。この5年間、私にとっては苦手な表現方法である文章を書き続けましたが、いまだに下手です(私にとってはイラストや図面の方が表現しやすいです)。
 しかし文章は上達しませんが、私自身はこの5年間にいくらか進化しましたから、先ずはしばらく重要部分を今のレベルで整理していきたいと思います。と言いながらいつ脱線するかわかりませんが(笑)。

〈 精神と肉体、ソフトとハード 〉

 メルマガでは主に共同体の捉え方、考え方について書いてきました。精神に対しての説明です。そして「仁慶メモ」の方では具体的な方法、システム、技術などの説明をしています。三次元レベル、肉体レベルの話しです。
 この両面があれば新しい暮らし方に入って行けます。そして、ソフト、ハードを伝達する仕組み(研修、実習のような方法)があれば、新しい暮らし方を広めて行く事ができます。「癒しの郷」はトータルで考えています。ただしまだ三次元レベルが始まったばかりですが・・・。

 メルマガをスタートさせたとき、参考書が何もないと言いました。今の時点でも同じだと思います。過去に20〜30家族が高いエリア内完結性を目指して暮らすという文化が無かった為に、情報社会と言えど何も参考になるものが手に入りません。縄文時代にまで遡ればそういう暮らし方がありますが、あまりにも古過ぎて記録がありません。

 このようなことから、大半の方は小集団で暮らす世界が全くイメージできないだろうと思います。ある方から親切心で「その道数十年の大工さんを紹介しましょうか」と言われましたがお断りしました。何万人かの分業体制の中で維持される技術は小集団には必要ありません。

 日本の軸組工法の技術をマスターし、その技術を維持して行く為には、専業でなければ無理です。多くても50家族ぐらいの集団で、大工の専業が成り立つかといえば無理です。以前紹介したアーミッシュの共同体でも専業としての大工業は成立してません。小集団の中では毎年家を建てるような需要はないからです。建築はメンバー全員の共同作業のような扱いになります。そこに高度な建築技術を求めることは出来ません。誰でもが本来の仕事(収益仕事)の合間にマスターできる程度の技術で、その技術で建てられるような工法の建築文化が必要になります(「仁慶メモ」ではそのような工法をシリーズで紹介しています)。

 そういう技術、工法を確立したとき、はじめて世代交代が可能になります。メンバーの誰かが高度な建築技術を持っていたとしても、そんなものは仕事の合間に学ぶことは出来ません。その人がいる間は、その人が家を建ててくれるでしょうが、いなくなればもう誰も家が建てられないので、住居が壊れたときが、小集団の終わりになってしまうのです。これは衣・食の技術でも共通して言えることです。 

 まとめておきますと、自給自立とは、衣食住を自らの手で作り出すことがスタートで、それはメンバー全員の共有技術になっていなければなりません。小集団に名人芸は必要ありません。誰でもマスターでき、一定の成果を保つものこそ有用な技術と言えます。
 しかし、現代社会はそのような技術を開発しないですから、私たちで考えて行く必要があります。

 共同体については、まだ精神レベルの話しが中心で具体的な方法論は少なく、技術論(肉体レベルで共有、継承するもの)に至っては、皆無といってよいかもしれません。このことが今時点では共同体を作りにくいものになっています。
 このように考えると、共同体計画参加の判断がしやすいのではないかと思います。

・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
メルマガ6年目のスタートです。読者の皆様の中にもコミュニティを創って暮らそうと考えている方もいらっしゃることでしょう。単なる自給自足をするとか、田舎暮しをするとかという方もいらっしゃるでしょう。そういう方々へこのメルマガが少しでも参考になっていれば嬉しいです。しかし本当に参考になるのはリアル「癒しの郷」の経過報告だと思います。メルマガに書かれていることを実践しての結果報告を見て、それでは真似てみようとかいうグループが表れるのでしょうね。楽しみなことです。でも真似るだけでなく、意見交換などできれば、お互いの向上にもつながりますね。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  191号 2005. 10/25