**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   187号 2005.9/15

 今号は少し変わった話をします。今、読売新聞の朝刊小説で『すばらしい新世界II 光の指で触れよ』という小説が連載されているのですが、何とテーマがコミュニティ(共同体)なのです。
 全国紙の新聞小説では不謹慎なテーマは避けますから、共同体は認知されているということなのでしょうか・・・。

 7月16日からから連載がスタートしたのですが、それに先立って文化欄に作者(池澤夏樹、60才、88年『スティル・ライフ』で芥川賞)のコメントがありましたので、原文のまま紹介します。

 「戦前の大家族が戦後は核家族になり、その先に何があるのか。もっと分裂して個人になるのか、違う形があるのか考えたい」
 「今の消費社会はあまりに経済だけが重視され、人々は精神的なものへの飢餓感を持っている」
 「家族の代替的な機能を持つものとして、欧米で広まるコミュニティ(共同体)に関心を寄せている。私が昨年フランスで見学したものは、30人程度の常駐者と短期のゲストで構成されていた。・・・・日本で定着する可能性があるか、小説で実験してみるつもりだ」

 私はこの小説を欠かさず読んでいる訳では無いのですが(新聞小説は紙面上の場所が一定ではないので、しばしば見落とす)、今、主人公のアユミさんが、娘(まだ子供)をつれてオランダの友人をた訪ね、そこで紹介されたフランスの共同体に滞在している話しになっています。主人とは半離婚状態にあって、アユミさんは家族を越えた生き方を考えるようになったのです。娘には家族構成員になることとは別の生き方を期待しているようです。

 私はコミュニティの設立の話しが出て来ないだろうかと期待しているのですが、どうも話しは共同体というものがすでに在って、一部であるにしろそういうライフスタイルが定着しているという前提でストーリーが展開しているようです。
 欧米の場合は、土地コストがゼロに近いですから、簡単に共同体が生まれ、簡単に解散してを繰り返していると聞きます。欧米ではそういう方法で形式が定まっていくのでしょう。共同体を作るためのセミナーのようなものも結構あるようです。

 日本の場合、土地コストの問題が大きいですから、量を作ってその中から最適形式を見つけだすという方法が取れません。特定の人が慎重に計画して作り、少量の中から形式を見つけだしていくのでしょう。「癒しの郷」もそういう中の一つでしょうが、計画が慎重ですから成功すれば普及は早いと思います。

 日本でも間もなく家族グループの構成員になるか、共同体グループの構成員になるかの選択をするような時代が来るのではないかと思っています。
 メルマガでも時々書きますが、私は老親と子供のいない義理の伯母の2人の世話をしています。そういう体験から感じるのですが、いくら福祉制度が整ったといっても1人で生きることは難しいです。人間はグループを作って生きるしかないようです。

 そのグループの選択肢の一つに、今後は共同体も入ってくるのではないかと思います。つまり家族グループは作らないけれど、共同体の構成員として生きるという選択です。
 また、家族グループを作り、さらに共同体にも加わるということもあると思います。
 小説の話しは、2人の子供を持った夫婦の話しなのですが、一方が出て行くと、残った方もグループとはいえなくなります。1人になるか、父子家庭、母子家庭のような状態になります。残された方は想定外のことでしょうが、一夫一婦制のもとで離婚になると必然的にそういうことになります。

 一族一統という婚姻、血縁グループが形骸化した今、それに変わるものとして共同体が必要だとも言えます。今後、共同体は避けては通れないテーマでしょう。小説のテーマにした気持ちが分かるような気がします。

・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私たち夫婦はこのメルマガを書くのに、二人三脚で丸5年頑張ってきました。夫が原稿を書き、妻が入力発行をする、そして5年の間にはバーチャル「癒しの郷」が、リアル「癒しの郷」になりました。夫唱婦随そのもので自分自身の忍耐力を褒めてやりたいです。世間では離婚するカップルも多いようですが、老後の必須アイテムとして相方は必要だと思っています。最小の共同体で生活出来れば、多人数の共同体でも上手くやっていけるでしょう。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  187号 2005. 9/15