**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   186号 2005.9/5

 原油価格がついに70ドルラインを行き来するようになり、世界経済は大変や状況になっています。中国が今の経済政策を続ける限り原油価格が以前の30ドルラインに戻るということはありえないでしょう。
 8月30日三菱化学が石油製品を20〜30パーセント値上げすると発表しましたが、これは末端商品にまで響くでしょう。私も梱包材としてエアーキャップ(俗称プチプチ)を使っているのですが、次回の購入では高くなっていると思います。
 経済アナリストはハイパーインフレに入ったと見ていますが、皆様はどう判断されるでしょうか。今一度メルマガ171号、175号に目を通しておいてください。

 今回の吉備高原の物件については、2〜3の方が早々に居住権資格ラインの出資をされています。現時点では5500坪の土地、2本の深井戸(各30m)仮住居(約30坪の既存建物)までの進行ですが、人が生きられる機能は十分満たしています。従ってこの方たちは、ハイパーインフレのカヤの外に出たとも言えます。大地震もインフレも他次元の話しということになります。

 しかし、地球レベルで考えると、原油高より大きな問題は淡水の枯渇です。淡水の最大利用者は農業ですから、淡水の枯渇はそのまま人類の食糧問題となります。世界レベルで言えば、相当深刻な問題となっています。食糧の60パーセントを輸入する日本は、その問題の最先端にいるはずなのですが、ほとんど注目されることがありません。淡水の代替品はないですから、逃げ道のない問題なのですが・・・。

 水の問題といえば、山に木を植えることだと思われていますが、それほど事は単純な話しではありません。
 淡水の原資の一つに、氷河の水があったのですが、地球の温暖化現象によって氷河そのものが消滅しています。木が育つところではないし、例え木が育ったとしても、それの保水力程度では氷河の代わりにはなりません。

 こんなことは誰も口にしませんが、木の保水力が農業用水を奪っているという一面もあり、条件によっては木が万能でもありません。
 この説、にわかに信じられないでしょうが事実のようです。実は、数十年前に岡山平野の人が「山に木を植えるから平地に水が来ないのだ」と主張したのです。山に降った雨を木が保水し、葉から発散させてしまうと、平地に水が来る訳がないという理屈なのです。
 もしその通りなら、県の林業政策問題にかかわることですから、当時農政局だったかが、実際に調査実験しています。実験に使った山は岡山市の郊外にあって今も計測しているという話が何かの資料にありました(出所が今思い出せません)。

 結論を言いますと、降水量が少ないときは、平野部の人が主張したことが正しく、降水量が多いときは山に木があった方が良いと言う事らしいです。
 これは大変な話しです。今、農業は機械を使いますから、世界的にも農業は平野部が中心です。日本のように降水量の多いところは関係ないことですが、ぎりぎりの降水量で農業を行っているところでは、山の木を切って雨は貯水池にプールし、それを平野に導いた方が良いということになります。
 長期的に考えれば明らかに間違いですが、農業は共産主義でない限り、民間人の裁量で行われていますから、長期的な利より、短期的な利を取ります。全体としては悪い方向(地球の砂漠化)に進みます。

 グローバル経済(交易経済)における淡水利用システムは、仕組的に成立していないと言えます。今、人口に見合うだけの食糧生産が出来ておらず、経済の強い国から順に食糧を買っていくと、弱い国は食糧が手に入らなくなり餓死者を出すという構図になっています。
 日本も石油が入らなくなれば同じことになります(日本は石油の大半を政治・宗教的に問題の多い中東から輸入していますから、この地で何か起きれば石油が入らなくなります)。

 戦後政策の石油エネルギーで加工利益を作り、それで食糧さえも買う(輸入する)という方向は、国家のサラリーマン化です。石油が入らなくなれば国家そのものがホームレス化します。ホームレス化した国家に所属する国民はどうなるのでしょう。
 国家の政策に流されてしまうのではなく、半分ぐらいは自給自立という杭も打っておくべきでしょう。

・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
9月11日は思ってもみなかった選挙で、岡山県は忙しくなっています。国体と重なり、公務員も民間人も人手が無いと言うのを聞きました。国体や選挙関連の求人もたくさんあるのですが、期間限定なのでなかなか人も集まらないようです。特需に喜んでいる所もあると思いますが、どこも平等に忙しかったり、潤ったりしてもらいたいものです。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  186号 2005. 9/5