**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   175号 2005.5/15

 前号の最後の部分で、中国、インドの工業化の問題に触れましたが、これは「癒しの郷」と関係のあることなので、少し詳しく説明しておきたいと思います。

○ 中国が今の経済モデルに終止符を打つ

 05年5月3日、IEA(国際エネルギー機関、石油消費国26ヵ国が加盟)のパリ会議で、異例なことがありました。非加盟国である中国を招いて、名指しして省エネ制作を求めたのです。
 非加盟国にそんなことを言うのは筋の通らない話なのですが、それほど中国の石油消費が大きな問題になっているということです。

 細かい数字は省略しますが、ワールドウォッチ研究所の試算では、20年後には、世界の石油生産量のすべてを中国一国が消費することになっています。しかもそれは、石油にとどまらず、石炭や紙といったものもです。
 現実には、そこまで行くことはないですから、10年もしないうちに今の経済モデルは終わることになります。地球規模の自然災害や資本主義の崩壊がなかったとしてもです。

 1970年、ローマクラブが『成長の限界』を発表したとき、資源を消費している人口(先進工業国の人口)はせいぜい10億人です(G7のメンバー国の人口は6億人)。それでも、もう経済成長はありえないという結論になったわけです。
 そこに、13億人の中国が入ってきて、さらに、10億人のインド人も工業国になろうとしているのです。

 さらに、工業国になると食スタイルが変わり、食肉や乳製品の消費が拡大することも大きな問題です。中国も例外ではなく、それらの輸入が拡大しており、今後中国の需要に答えようとするなら、熱帯雨林をすべて畑や牧場に変えなければならないといわれています。これは不可能であり、あってはならないことです。
 欧米型の文明モデルは完全に破綻したといってよいでしょう。

 では、中国は方向転換するかといえば、それはありえません。1978年以来、9.5%という高い経済成長をしながらも、都市部の実質失業率は10%を越えており、農村部の失業者(余剰労働)は1億5千万人といわれています。新しい文明モデルが発見できるまでは、もっと成長するしか方法がないでしょう。
 仮に成長を止めたとすれば、半日デモぐらいでは納まるわけでもなく、体制崩壊、国家分裂に至るでしょう。そしてそれは、国内問題にとどまらず、外に向けての戦争へと発展するでしょう(中国は、北京を首都とする農業国家と上海を首都とする工業国家に分裂するという予言は古くからあります。意識の上ではでにそうかもしれません)。

 そのような事情から、中国は今後も経済成長を続けるしかなく、代案が出せない以上、世界もそれを見守るしかないという状況にあります。
 大変なことですが、それは、世界が資源、食糧の争奪戦に入って行くということでもあります。
 最近、大豆と石油製品の高騰で、豆腐屋さんが困っているというニュースがありましたが、あらゆるものがそういうことになって行くでしょう。今言っても実感はないでしょうが、私たちの生活が根底から変わってしまう可能性もあります。

 先進工業国の人々が従来の経済モデルにしがみつき、中国、インドと同じ土俵で競うなら、私たちはイースター島で起きたような結末を体験するはずです。
 イースター島は、人の住み始めた5世紀頃は、木々におおわれた豊かな島でした(花粉分析で解るようになった)。そして、人口が増えるにしたがい森を切り開き、農地を拡大して行きました。巨大なモアイ像を作っていた(非生産的なことにエネルギーが投入できた)ということは、島が豊かであったことの証明です。
 それが、15〜16世紀頃になると森はほとんどなくなり、表土を失っていったために、作物が育たなくなっています。飢餓の始まりです。
 ところが、木を切ってしまったために舟を作って脱出することもできず、部族間で人肉を食べあう悲劇まで体験しています。
 そして、18世紀、オランダ人が訪れたとき見たものは、草だけの荒れはてた島と少数の貧しい島民、そして、たくさんの巨大なモアイ像という異様な風景でした。

○ 先進国は、次の経済モデルに入るべき

 先進工業国といわれる10億人の人が、従来のような生活をしただけで、地球の浄化能力を超えてしまいました。そういう生活を中国、インドがしたいというなら、私たちは、次の経済モデルに移行すべきでしょう。満杯だから入ってくるなとは言えないし、飛び越えて行けともいえないのですから。

 「癒しの郷」の提案している、一定エリア内での自給自立(エリア内完結)という思想は、工業モデルよりもっと進化した経済モデルの一つです。その一端に少し触れておきます。

 個人を単位として生きる工業社会では、自分以外はすべて競争相手ですから、自分の持っている知識やノウハウはオープンにしません。小出しにしながら糧を得ます。小出しにできないアイデアなどは、パテントを取得して自分しか使えないようにします。個人を単位とするシステムではしかたのないことですが、人類全体から見れば大変効率の悪いシステムです。

 ところが、「癒しの郷」の思想では、個人ではなくグループを生活単位(グループで一つのサイフ)とするわけですから、自分が豊かでありたいと思うなら、グループが豊かでなければならず、そのために、自分の持てるものはすべてグループに対してオープンになります。
 そして、グループ内で成功した方法は、全国のグループに対してもオープンです。他のグループも豊かになってもらわなければ、略奪が起きるからです。
 交易によって利益を作るということをしなければ、すべてをオープンにしても不利益を被ることはないのです。人類全体で考えたとき、大変効率のよいシステムです。

 工業社会のシステムと比べると、往復運動から回転運動に変わったぐらいの飛躍があります。神道のいう「立て分け」にはもってこいの方法で、この経済に入ってしまえば、工業社会の資源の争奪戦など映像の世界の出来事でしょう。
 「癒しの郷」の構想が、単なる自給自立の話しではないことがわかっていただけるでしょうか。この話しは次号に続きます。

・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
やっとツバメが来たと喜んでいたのですが、先日大変かわいそうな事態になりました。毎年2階にある玄関先の巣を利用していたのですが、今年は下の駐車場の所の巣を使っていました。毎日車が糞で悲惨だったのですが、ある朝巣が落ちていて、車には猫の足跡がついていました。食べられたのか、それ以来ツバメの姿を見ません。

**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  175号 2005. 5/15