**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   169号 2005.3/15

 今、「実行計画」に添える短い文章を作っています。これから、参加者(出資者)を募っていくとき、パンフレットなどに必要になってくる文章です。
 ちなみに、「癒しの郷」計画は、未だに広報活動には入っていませんし、正式に参加者募集も行っていません。私の方の体制をもう少し整えなければ、途中で経済的に続かなくなります。

 自給型共同体を建設するのは、コーポラティブハウス(居住者が建築主となって、それぞれが希望する間取りで作る集合住宅)を作るのと似ています。コーポラティブハウスを建設する場合、参加する人が集まって建設組合を設立し、全員で費用負担をして専任者を置きます。
 そして、専任された人が土地を探し、設計士と打ち合わせをし、建設業者と交渉しながら建物を完成させます。

 自給型共同体も同じような方式で作れるものですが、まだよくわからない暮らし方のために、誰かが計画を発表しても参加者が定まりません。参加者が定まらなければ、活動費用を負担する人がいないですから、現実が動かせません。
 ここで計画している共同体は、せいぜい数十人のための財産であり、生活装置ですから、広く薄く費用を集める方法も取れません。頭の痛いところです。

 今号は、実行計画の裏話を紹介します。これは、試算の一つですから、気軽にお付き合い下さい。

○「実行計画」総事業費と一人当りの負担額(試算)

「実行計画(概要)」で紹介した事業の内、研究実験、共同生活実験(25戸、50〜60人規模)、研修実習所、までの総事業費で4億5千万円という数値が出ました(農地費と次のコミュニティの開発費は入っていません)。ただし、労働投入なども金額換算した数字です。一人当り約800万円のエネルギー投資となります。
 この800万円の内、現金必要額(土地、建築資材、道具などの購入費)は、約300万円となりました。126号で、〈平穏な時代のコミュニティ参加費〉として試算したものと似たような数字です。

 次に、300万円の現金負担ですが、全員一律にというわけではありません。入村の出資条件として、現金、モノ、労働、技術、アイデア等、共同体を作るのに必要なものすべてを出資費と考え、そのトータルが一定額(先の試算でいえば800万円)になれば、入村資格有りとしたいと考えています。
 つまり、現金100万円、その他のもの700万円という出資も有り得るわけです。ただし、出資物の評価は30年ぐらいの期間で考えたいと思っていますから、若い人の労働出資は大きく評価できますが、年輩者の労働出資は小さい評価になります。

 平均値で、現金300万円の出資になれば、必要な現金が集まることになるのですが、まだ計算ができていません。
 計算を難しくしているのは、前にも説明しましたが、リスク・スライド方式にしたいからです。つまり、海のものとも山のものともわからない初期の頃の出資に対しては、割り増しで計算したいのです。そうすると、初期の出資は600万円で入村資格が得られたりするわけで(この場合、後期の出資は1000万円が入村資格となる)、さらに計算しにくくなります。
 大半の人が、初期に出資をすると、絶対額が足りなくなります。頭の痛くなりそうな計算をしています。

 頭の痛くなりそうな計算をしている大きな理由は、何とかしてメンバー全員の出資額を同じにしたいからです。同額出資であれば、権利や義務に差を付けることなく「公平」が作り出せます。それは、共同体にとって大変良いことです。
 出資額に差があると、序列を作ったり、権利に差をつけて公平を作り出すしかなくなり、そうなると共同(合同、分担、相互)がうまく行えなくなり、共同体としては大きなハンディを持つことになります。

 企業のように、営利という単一目的の集団なら、序列があっても共同体作業が可能ですが、生活集団の場合、家庭と同じで目的は多様であり、しかも、頻繁に変化します。この瞬間、子守りが最優先目的になったりするわけです。当然、近い場所にいる手の空いたものがすべきなのですが、序列や権利に差があるとそれができなくなります。これは、ことごとくそうなります。

 そうなると集団の経済効率が悪くなり、自然の生産力の中では暮らせなくなり、人為生産に頼る部分が大きくなります。その暮らし方になると、一人一人の人為生産能力が問われることになり、基準に達しないものはリストラするしかなくなります。
 序列や権利に差を付けなければよいと思うかもしれませんが、それは自動的に生まれるものです。仮に、他者の2倍の出資をした人がいたとします。この人は、他者と同じような労働をするのをいやがるでしょう。又、そのことをみんな容認するのです。これは自然な成り行きです。これをダメだといえば、その人は出て行くでしょう。

 人間(自我)は、公平な関係でないといっしょに暮らせないのです。企業でも、利益貢献度によって賃金に差を付けています。それが公平というものです。無理矢理一率賃金にすれば、利益貢献度の高い人は退社します。

 「癒しの郷」では、出資額を同じにして、序列や権利に差のない、同格の公平を作りたいと思っています。

 なお、もう一つの難しい問題として、「平等」がありますが、この話は機を改めます。いつになるかわからないので、少し触れておきますと、「公平」というのは、物質(三次元)の問題で、「平等」というのは精神の問題です。そして、平等の原点は、満足の平等にあるようです。これは公平以上に難しいです。
 簡単にいえば、子供の満足度は親にはわかりますが、親の満足度は、子供にはわからないからです。グループの中で、最も大きな世界を考えている人の満足度は、誰が計ったらよいのでしょう。満足の平等が満たされない場合も、グループを出て行きます。

 従来、満足の平等は縦方向の序列を作り、上位者に多くの権限を与えることで、大きな満足が得られるように保障してきました。「癒しの郷」では、出資額を同じにしますから、縦方向の序列はありません。その中で、満足の平等をどのように保障するか、ここでグループ意識を使うのです(この話はまたにします)。これに失敗すれば、共同体は「糸の切れた凧」、「船頭多くして舟山に登る」になります。そして、序列、戒律を作ってグループを維持するしかなくなります。これは避けたいと思っています。

・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
急な話ですが、3月20日(日)に「癒しの郷」ミーティングを行います。最近のメルマガに書いているような内容を議論するのです。今まで反応を示して下さった方にはメールやファックスで進行状況や返事をさせて頂いていますが、すべて個別対応になっています。今回のミーティングには参加条件がありますが、興味のある方で参加しようと思われる方は、どうぞおいで下さい。参加条件は、会場までの往復旅費等は自己負担、メルマガ読破して「癒しの郷」趣旨を理解していること、です。会場はJR新倉敷駅からタクシーで5分の所です。時間は9時から17時の間で都合の良い時間にお出でください。参加希望の方は、事前にメールください。会場の場所をお知らせします。20日当日は連絡が取れませんので、少しでも参加希望のある方は早めにお問いあわせください。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  169号 2005. 3/15