**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   162号 2005.1/5

 2005年、明けましておめでとうございます。
本年は良い年を願いたいところですが、04年以上に大変な年になりそうです。年末のスマトラ地震は対岸の火事ではありません。あの地震波は数十日間は納まらないですから、次ぎの地震を起こす引き金となります。臨界点に達しているという南海トラフが心配です。1月中は気をつけていた方が良いと思います。

 次に、これも昨年末のことですが、少し誤解させているような転送メールを頂きましたので、これはメルマガの話しを体系的に整理しろということだと受け取りました。テーマとして転送メールの冒頭部分をまず原文のまま紹介します。

「これは、今、問題になっている役人事業そのものと思えます。採算、需要、経営を無視して、理念という主観だけの事業は、迷惑になる事業の典型です」

 この方は「癒しの郷」を宅地分譲やテーマパークのような収益事業と思われているようなのですが、「癒しの郷」は暮らし方の提案、生活システムの紹介です。結婚して家庭システムを持つ暮らし方はどうですかと言っているのと同じで、家庭の外にもう一つ大きいコミュニティ(共同体)という生活システムを持ったらどうですか、という話しをしています。
 これは家庭原理と同じであって、事業主体ということで言うなら、参加する1人1人が事業主体です。新しい集落を創る話だと言ってもよいでしょう。

 かつての集落(コミュニティ)は、協業がベースになって作られています。経済的利害の一致で集まっていますから、精神的には大きなストレスを感じます。まして経済的利害の一致もない場合は、二重のストレスです(古い号で、私の家は農家ではないのに、農協の準組合員となって回覧板の歩調をあわせているという話しを書いたことがありますが、すでに40年にもなりこれなど二重のストレスの一つでしょう)。「癒しの郷」は、精神的利害の一致をベースにしようという考え方のものです。

 メルマガ「癒しの郷を創ろう」は、コミュニティ概論というより、人間が地球に生きるとはどういうことなのかを考えています。
 理由はこうです。私たちが全くのフリーランスになれば、同質結集(類は類を呼ぶ)の宇宙法則によって、自動的に精神の一致てグループが生まれます。それを妨げているのは自我の価値観です。個我の自由、損をしたくない、楽でありたい・・・といった価値をはさむと、精神の一致という流れは止められます。

 このようなことから、新しいスタイルのコミュニティを作るには、単に自我の価値観を制すればよいとも言えるわけです。また、コミュニティの維持においても結局はこの部分の問題になってきます。
 具体的に方法論や数値を知りたい方には、「仁慶メモ」を用意しています。これもメルマガで何回か触れてきましたが、私は自営業の家系に育ち、私の専門の一つは会計学で、体験のために会社も持っています(これはアイドリングをしている程度のもの゛てすが、一応法人として動いています)。そういう実体験をもとに出した値です。偏りがあるとすれば、あまりにも実務的かもしれません。自分なりの修正を加えながら読んで頂くと、一つの参考になると思います。

 メルマガも相当な量になってしまい、途中から入られた方は、とても隅々までは読めないだろうと思います。以上のようなこと(私の視点位置)を、毎号記載しておくべきかもしれません。
 これも読者の方から指摘されたのですが、メルマガと対になった有料サイトがあるのに、申込案内がメルマガで紹介されていないと。確かに不親切と言われればその通りです。

 一つ私自身頭の痛いことを伝えておきますと、メルマガはオープンサイトですから、様々な方が読んでいまして、中には利害が全く逆になる方もいます。したがって、私たちの活動のことを考えると、メルマガでは際どい話は書けません。時々ページを使わせてほしいという申し出があったりするのです。つい2ヶ月ほど前には先物商品を扱っている会社の方から、151号(インフレの話しです)が欲しいと言われました。オープンサイトですから、ご自由にというしかありません。メルマガではどうしても際どい話や、本音は避けています。「仁慶メモ」が必要になった理由はそこにあります。この辺りのことを御理解いただけると有り難いです。

 前置きが長くなりましたが、本題に入ります。このシリーズでは、人間の科学を越えた世界を探ってみようとしています。それを捕らえる座標軸として私たちの科学を確認しています。
 前号でもれた部分がありますから、それを片付けてからいよいよ本題に入って行きます。

(2)日常生活も因果律を踏まないのが本来(量子力学の結論)

 

 湯川秀樹さんの小論にもあったように、ミクロの法則(突発的、非因果)がマクロの法則でもあるでしょう。
 別々だと物質(現象)は形を成さないでしょう。したがって私たちの日常も非因果で進むのが自然です。「人間のような高等動物は、ミクロの法則をそのまま拡大して表現出来る性質を持っている」と湯川秀樹さんも言っています。

 しかし、私たちは日常を因果を踏みながら作っています。これはどういう結果を招くのでしょう。思考そのものは、それほど因果律に沿っている訳ではありません。気ままであり、飛躍もします。しかし行動においては、秩序(因果)を踏みます。いくら手伝いが欲しくても、街角で突然会った人にそんなことは言いません。知り合いの中から時間のありそうな人を探します。見つからない場合もあります。
 このようなことは、思考と現実のズレを作っていることになります。この結果がどうなるかは、これからのシリーズで考えていきます。

 自我(頭)は、因果律を踏むのが正しいと思っていますから、非因果は認めません。しかし、非因果(共時性で作っていくような現実)は、デタラメかというと必ずしもそうではありません。それはニュートン力学的な秩序を踏まないというだけで、別の法則に沿った秩序があるようです。この辺りのことは次号から入っていきます。新しいシリーズも宜しくおつき合い下さい。時々頭がクラクラするよう事があるかもしれません(笑)。

・・・・内輪話しですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
明けましておめでとうございます。たった10日程の間にびっくりすることばかりでしたね。スマトラ地震と大津波、大晦日の積雪、倉敷では殺人事件が多発・・・。大津波ではタイ在住の読者の方の消息がわかりません。他の読者の方で被害に遭われた方はいらっしゃらないと信じています。今年はもっと凄いことになりそうです。年末には「年始にはバカなことを言っていたけど平穏な1年だったね」と言って終わりたいですね。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  162号 2005. 1/5