**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   160号 2004.12/15

 シリーズが一回飛びましたので、前回までの整理をしておきます。このシリーズは、私たちの意識と物質(現象)との接点のところに入って行く予定ですが、私たちの科学が十分ではないので、俗に言う妖しい世界(精神世界)にも踏み込んでみます。
 その妖しさを計るための座標軸を作るために、量子力学(私たちの科学に到達した物質概念)の世界を見ています。

 そして、量子力学の最大の功績は、「人間の意識がエネルギーを物質化(現象化)している」ということを発見したことだと。またそれは、釈迦の説いた「唯識論」と同じであると、ここまでが前回の話です。
 今号は、私たちの物理概念を整理するために、ノーベル賞学者湯川秀樹さんの小論から、物理概念の変遷を紹介します。

 湯川秀樹さんは、お父さん、お兄さん(貝塚茂樹、東洋史、中国古代思想の学者)の影響もあって、中国古代思想にも通じており、その素地が「中間子」の発見につなかったと言われています(理論物理学の世界ですから、肉眼で発見したのではなく、理論的に発見したわけです)。
 余談ですが、私の手元にある中央公論社の『老子・荘子』には、湯川秀樹さんのコメントが入っています。この世界の名著シリーズの『孔子・孟子』、『司馬遷』は、お兄さんが執筆しています。こういう兄弟とはあまり付き合いたくないですね(笑)。

3. 日常生活も因果律を踏まないのが本来

 湯川秀樹さんの30歳頃の小論、「物質と精神」(1943年)から抜粋で物理概念の変遷を紹介します。

 「・・・われわれが外界と称しているものは、各人に共通な世界であると考えられるであろう。それは、三次元のユークリッド空間であって、物体はその中で唯一無二の時間の流れに従って運動する。その運動には十分な近似をもってニュートン力学が適用される。・・・このような絶対的なそして厳密な因果律の成立する世界が---少なくとも物理現象に関する限り---唯一無二の客観世界であると考えられてきた。

 ところがも、相対性理論によって時間と空間との相対性が示され古典物理学的世界はその絶対性を失って、時空を統一する四次元的な世界にその席を譲らねばならぬことになった。・・・(ただし日常的な範囲ではニュートン力学が使えた)

 ・・・しかし、量子力学の発達は、さらに本質的な変革をもたらした。従来の古典力学によって取り扱い得たのは巨視的現象だけであって、量子力学によって始めて巨視的のみならず微視的現象をも支配する法則性が明らかにされたのである。・・・われわれの観測対象、すなわち巨視的世界は、・・・量子力学世界(法則)によって裏付けられていると考えざるを得ないのである。

 ・・・量子力学からの帰結の中で、最も注目すべきは観測によって対象の状態の突発的、かつ非因果的変化が惹起されるということであった。・・・電子のごとき微視的な対象に対して、何かある量(位置など)を測定しようとすると、対象の状態に著しい変化を及ぼすのである。そして、それ自身としての推移は「観測」によって中断させられるのである。(観測によって変化させられたものは、二度と観測前の状態には戻らず、一つの現実を創ったことになる)。・・・いわば(宇宙は絶対客観の世界ではなく人間の意識によって創られる)可能性の世界であった。対象に対して観測を行うことは、多くの可能性の中から一つを選びだすことであった。

 ・・・私が物理学現象と称しているものも、実は私の主観的な知覚を故意に外部世界のある場所の出来事とみなした結果にほかならぬとも考えられるかもしれない。科学的な知識といえども、忠実に表現すれば「私はある知覚をした」というべきで、「ある物理的な量が一定の値を取った」といってはならないのかもしれない。物質も結局精神の中にあるといえるこもしれない。・・・」

 大変難しい内容で、文章も難しく(笑)、解りにくいと思いますが、この中に今日の量子力学的テーマ(「平行宇宙論」「人間原理宇宙論」、タイムマシーンなど)はほとんど入っています。タイムマシーン?と思うかもしれませんが、天才たちは本気で考えているようです。車椅子の天才と言われているスティーブン・ホーキングも可能だと言っています。時間は私たちの思っているように直線で流れているようではないようです。

 量子の話しに戻りますが、今は量子消去機(検知器)という観測装置(簡単な装置ですが、文字では説明しにくいので興味のある方は量子力学の入門書を立ち読みしてください)があって、人の意識が物質(現象)を創り出していることが、しかも時間を遡って創られるという不思議な現象が誰でも確認できるようになっています。
 量子の世界には、時間的因果律もなかったのです。しかし、その理由は全く解っていません。「これは異常なまでの理性の欠如であり、現実というものへの認識が失われている。・・・中世の魔術に近い」(物理学者エドウィン・ジョーンズ)という発言しかありません。

 また、「粒」(素粒子)の状態になれば物質という扱いをしていましたが、二つに分割するとどちらも元の大きさになり、その二つは時空を越えて交信する性質(能力)を持っている事も確認され(これも理由がわかっていません)、素粒を物質とする考え方も揺らいでいます。ここまでは私たちの科学であり妖しい世界の話しではないです(笑)。

 量子力学の難しい話はこれで終わりたいと思っていますが、これからの話しでポイントになる部分を湯川秀樹さんの言葉を借りて説明しておきます。

「・・・自然の究極的な法則性は量子力学のみ表現し得るという意味において、物質自身にとっては量子法則(突発的、因果律がない、人間の意識が関与する等)の方がより直接的な世界であって、観測の手続きを経て結果として巨視的世界(肉眼で見える世界)につながるとも言えるのである。・・・」

 つまり私たちが体験している物質世界(日常世界など)は、人間の意識が出発点であって、物質化(現象化)のプロセスは突発的、非因果的だと。そして「・・・高等な生物の身体は、(量子法則の)一種の拡大装置の性質を持っている・・・」とも言っています。つまり、人間などは量子の突発的、非因果的な法則を現実レベルで表現することができると。

 ミクロの法則がそのままマクロの世界にも現れるということは、158号で紹介した「ボ−ス・アインシュタイン凝縮(原子を集めて肉眼サイズの塊にする)からも確認できます。
 また、非因果的ということについても、心理学者カール・ユングが「共時性」(因果律を踏まない意味のある偶然の一致)によって作られる現実を発見しています。

 湯川秀樹さんの言うように、自然の究極的な法則が量子的法則であるなら、私たちの日常も因果律を踏まないで展開すべきなのに、どういうわけか私の現実は因果律に縛られています(笑)。これはどういう理由なのでしょう。これは良い事なのかどうか。この面白いテーマは、これからの号で考えていきたいと思います。次第に妖しい話になりますから、気をつけてください。
 量子力学で止まってはいられないのは、量子力学では意識の定義付がされていないからです。人間のどういう意識がエネルギー物質化(現象化)しているのか全くわかりません。この辺りのことにも入っていきたいと思います。

・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今回の話しもチンプンカンプンで、入力もはかどりませんでした。読者の方から長野県の自治体データをいただきましたので、提案書を発信しております。新潟の山古志村にはコハウジング方式の集落実験をしたらどうかと提案しておきました。皆様応援宜しくお願いします。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  160号 2004. 12/15