**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   158号 2004.11/25

 さて、前号の結論からですが、小さな集団(コミュニティ)が地球的惨事の中で助かるのは、次元の(物理法則の)異なる世界に入っていたからだという考え方を紹介しました。そして、このことは、量子力学的概念で考えると理解出来るとも。
 そこで今号では、量子力学の世界に少し入ってみます。これは、さらに踏み込んだ世界(俗に言う怪しい世界)に入っていくための座標軸にするためです。この部分を押さえていないと、何が怪しいのかもわからなくなります。私の親などは、量子力学の世界がすでに怪しい世界と思うでしょう(笑)。これでは怪しい世界にも入れません。堅い話が出て来るかもしれませんが、少しおつき合いください。

2. 宇宙は「唯心の所現」であった

 「量子」という言葉から入ります。全くなじみのない言葉のようですが、日常用語として使い始めている人もいます。例えば、「量子状態にある」という表現は、可能性のある状態にあるものの形になっていないということを意味します。「癒しの郷」の今の状況のようなものです(笑)。
 「量子的飛躍」という言葉も使われています。これは突然変異的な変化を(因果律を無視した変化)を意味します。

 「量子」という言葉、思っている以上に古い言葉で、1900年に生まれています。学校の物理の時間で、光は波であり、粒子でもあるというフレーズを聞かされた記憶があるかもしれませんが、これはドイツの物理学者マックス・ブランクという人の発見で、この人が「波」と「粒」の両方の性質を合わせもったものを「量子」と命名しました。ここから量子力学がスタートしたわけですが、アインシュタインの「相対性理論」より古い物理学です。

 量子力学で解ったことは、従来、物質はどんなに観測の目を細かくしていっても「粒」だと考えられていたのですが、素粒子(原子の構成物である陽子、電子、中間子・・・など)のレベルになると、必ずしも「粒」とは言えず、光と同じように「波」の性質も合わせ持っているという発見でした。今素粒子は「量子」という概念でとらえられています。

 そして最近では、その性質を誰もが肉眼で見る事ができるようになっています。これは素粒子の集まりである原子を(原子にも素粒子の性質が見られる)、何万個か何十万個か集めて塊にして、肉眼サイズ(1ミリ大)にすることに成功しています。
 先日、肉眼サイズのものを教育テレビで見る機会があったのですが(もちろん拡大写真です)、粒の集まりなのに、確かに波の模様(平面で見るとストライプ模様になる)を描いていました。

 原子をたくさん集めて塊にすることを、「ボース・アインシュタイン凝縮」というらしく(物理学の世界には「アインシュタイン○○○」といった言葉がたくさんある)、この手法の開発者(3人)に、01年度のノーベル物理学賞が与えられています。原子を集める方法が面白いですが(レーザー光線で原子を1カ所に押し集めていく)、図を描かないと分かりにくいので省略します。

 問題はここからで、量子力学による最大の発見は、「エネルギーの物質化は、宇宙の絶対法則の中で行われるのではなく、人間の意識が関与している」という発見です。
 この事実には、当の物理学者も大変な衝撃であったらしく、アメリカの物理学者エドウィン・ジョーンズは、意識が関与するという実験結果に対し、「これは異常なまでの理性の欠如であり・・・科学ではなく中世の魔術に近い」と感想をもらしています。
 かのアインシュタインも、意識の関与など承服できないかったようで「神はサイコロを振らない」という有名な言葉を残しています。

 私たちにしてみれば、釈迦の説いた『唯識論』(すべての現象は心の本体である識によって現れるもので、実在は識だけであるとする考え方)の方に転んだだけではないかと思うのですが、唯物論の立場にある物理学者にとっては存在理由を問われることなのでしょう。

 この量子力学の発見から生まれたのが、『人間原理宇宙論』です。これは私たち人間がいるから私たちの見る宇宙があるのであって、光が秒速30万キロメートルであるのも、私たち人間がそう決めたからその速度なのだという考え方にたつ理論です。ほとんど、釈迦の説いた「唯心の所現」の世界です。

 ここまではまだ怪しい話ではないです。座標軸を確かなものにするために、ノーベル賞学者湯川秀樹さんの書いた小論から、物理学の変遷を紹介するつもりだったのですが、少し長くなりそうなので本文は次回にします。
 60年前に書かれたものなのですが、私たちの物理概念は、その60年前のレベルにも達していないと思います。これには、体制側の意図もあって教育で教えようとしないからですが、おしえられない理由があります。キリスト
教圏では、今でも進化論を教えない国がありますが、それに似た問題があるからです。この話も紹介します。
 「癒しの郷」は総べてオープンで、どんどん進めたいと思います。

・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以前から紹介している自治体向けの提案書、メールで送ったところがあるのですが、回答期日が過ぎたのに返事が来ていません。ならばこれを逆手にとって活用しようということで、文章を少し訂正して全国的に送る事を計画しています。法的強制力で共同体の意義受け止め方を知ってもらう(読んでもらう)ことが出来ます。「特区法の申請は見送ります」という回答が来ると縁が切れてしまうのですが、無回答だと貸しができたわけですから、今後訪ねて行った時邪険には扱われないでしょう。それにしても、05年ぐらいから多くの自治体で予算が組めなくなるのですが、あの提案書(添付資料「財政破綻後の中山間社会の在り方」)に替わる案があるのか聞いてみたいという興味があります。時間のある方はまた読んでみてください。新潟県の山古志村など実験してみる価値はあると思います。
http://www.kumonoito.jp/mirai.html


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  158号 2004. 11/25