**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   149号 2004.8/25

 8月も、今頃になると暑さにも力がなくなったように感じられます。今号は、あまりおもしろくない長期金利の話しをしようかと、私自身半分気が減っていたのですが、旧盆の期間中、いくつかの事がありましたので、その報告号とします。経済シリーズは一回休みとします。

1.有料サイト「仁慶メモ」のこと

 この11月で、1年を迎えることになりますが、同じパスワードのままで、しばらく続けることにします。ただし、今後は申込時の掲載(累積)情報量に対して、料金を頂くという考え方を取ります。申込み以後、追加されていく情報はおまけだと思って下さい。未来の情報に対して料金を頂いていると考えると私の方がストレスに耐えられません。

 「仁慶メモ」がスタートした時6000円払われた方は、確定情報ゼロで料金を払ったという勇気(?)ある方です(笑)。その勇気と御協力に対して、ずっとおまけを付けます。今後、同じ情報を異なる料金で閲覧することになりますが、これはリスク負担の違いと解釈してください。

 「仁慶メモ」に興味のある方は、基本料金が6000円の内にお申し込み下さい。お金というより、「仁慶メモ」のまとめ読みは大変だと思います。まもなく掲載予定の「自給型コミュニティのバランスシートについて」などは、文章を読めば頭では理解できると思いますが、心で理解するには時間がかかると思います。
 これは、メルマガ126号(前半部)で触れたことの続きになる話しですが、現金を出資する人と、農業技術などを提供する人とをどのように公平に扱うかという考え方です。心で理解していないと行動に移せないと思います。
 心で理解するとは、頭に入れたものを時間をかけて心に浸透させるということです。これは時間を使うしか方法はないだろうと思います。

2.自治体向けの事業提案書が完成

 自治体向けの「特区法」申請の事業提案書を書き上げました。以前、試験的に近くの自治体に提案書を送った話は紹介しましたが(この時は過疎問題から切り込んだ提案)、特区法をからめれば必ず公文書による回答が来ることは確認できました。

 今回は、財政問題から切り込んだ提案書です。今、エンディングの文章で悩んでいます。過疎指定の団体の半分に送るとしても600団体くらいあります。文書で送るとすると、1ケ所送る実費が500円として、600団体だと30万円の出費になります。お金もさることながら、より問題なのは時間です。1団体づつ回答を確認してから次の団体に発信していくと、600団体全部に行き着くのに50年かかります。今の時代に信じられますか。

 同時発信するなら、文章の内容を変えなければなりません。二股をかけても信用を失うのに、600股もかけるともう殺されます(笑)。600団体に送るなら、中山間地域に近未来に起きるであろう変動の予測と処方箋という内容にしなければなりません。もし、予測通りになれば、私たちが法律です。提案の「特区法」の申請をしないということは別の予測をしたということです。公文書回答を出しておきながら、知らなかったとは言えないでしょう。 それはともかくとして、事業提案書を作ったものの処理に悩んでいます。

3.ゴルフ場を取り逃がした話

 旧盆の前に、久しぶりに叔父の1人に会ったので、例のゴルフ場を使う話をしたのです。クラブハウスと3ホールほどは、買い主に自由に使ってもらって、人的サービスもするから、残り15ホールを無償で貸してくれるような人はいないだろうかと言ってみたのです。
 そしたら、意図も簡単にいるかもしれないと言うのです。しかも、すぐ話しをしてみようかと言ってくれたのです。こちらの方がおどろきました。

 この話しは、現時点では私の方に、100haの面積を管理する能力がないということで断ってしまいました。申し訳ありません。
 なお、ゴルフ場の計画は、あまり公開しない方がよいと釘をさされましたので、これ以上は触れません。その時の信じられないような話しは、「仁慶メモ」に入れておきました。興味ある方は御覧下さい。

4.都市と農村2ケ所に生活基盤を持ち難を逃れた話

 これも、旧盆中の読書から得た情報です。堺屋太一『平成30年への警告』(02年初版)を読んでいたのですが、興味のある話しがありましたのでほとんど原文のまま紹介します。短くまとめるため、前後の入れ替えはしています。 これは、終戦2年目(1947年)、堺屋氏が小学校6生のときの回想部分です。

 「・・・戦災、敗戦、物資不足、農地改革、そして、インフレ。・・・私たち一家は、大阪都心部にあった住居を戦災で失ったものの、幸い一家には奈良の葛城山に近いところに隠居店(いんきょだな)があり、多少の農地や山林を保有していたので、極端な住宅難や食糧難に遭うことはなかった。
 それでも、(母は)50代まで住み慣れた都会の住居が焼け、長年積立てた貯金が無価値になり、それまでの御近所や友人たちと別れて暮らさなければならなかった・・・」

 堺屋氏のところでは、都市と農村の2ケ所に生活基盤を持っていたので、戦災、食糧難、インフレから助かったといっています。堺屋氏の奈良の家を写真で見たことがあるのですが、蔵が何棟もあるような屋敷です。
 現代は、不安やストレスの多い時代といわれていますが、有為転変の多い都市(人為経済社会)のみに生活基盤を置いているのですから、当然のことです。セフティネットに張らずに、空中ブランコをやっているようなものです。一歩間違えると、ホームレスか自殺かという結末になっています。

 今一度、「クモの糸」サイトのトップページから「癒しの郷 建設計画 案内」に入ってみて下さい。都市と農山村の2ケ所に生活ベースがあり、農山村の家には農地や山林があるとなっているはずです。堺屋家のように、一家で2ケ所には持てないので、グループで持ちましょうという考え方です。ただ、「癒しの郷」の場合、自然の生活が完成しない間は、都市の方にセフティネットを張っておくわけです。(「仁慶メモ39」は補足説明になっています) 以上、旧盆中に、考えたこと、体験したことの報告です。

・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
雑誌「アネモネ」の編集長中尾龍一さんより、サイトに対し「このようなプランをお持ちの方々が存在されることに心から敬意を表します。プランの総べてに私も同意します。」という励ましの言葉を頂きました。そして、癒しの郷「風の村」とすれば魂が吹き込まれます、というアドバイスもいただきました。もしかしたら、「癒しの郷」は思っている以上に素晴らしい構想なのかもしれません。自信を持って進みましょう。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  149号 2004. 8/25