**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   130号 2004.2/15

 昨年末、ハードシステムの実験をするために廃校舎を借りると言いましたが、まだ見つかっていません。しかし、2月に文部科学省の方針が緩和され私たちのプランに可能性が出て来ました。

 少し説明しますと、公立の学校は文部科学省の管理下にあって、たとえ廃校になろうと地元自治体に何の権限もなかったのです。例外的に最終工事が10年以上前に終わっている校舎については、地元自治体の考えである範囲に限って利用が決められるということだったのです。

 実際にあたってみると大変で、10年のラインに該当するものがそれ程無いのです。校舎は古いがプールは8年前に作ったとか。これでもダメなのです。
 そしてすべては地域の人優先ですから、地域の人も使わないという物件でなければならないのです。実の所、そんな物件は私共の方も使いたく無い訳です。

 ところが、2月7日の文部科学省の発表では、10年という枠が外れて、新しいものでも貸し出しをすることになりました。地域の活性化につながる利用という条件はあるのですが(政府の地域再生本部が認めた構想)、これは自治体が申請すればよいことなので、魅力あるプランなら事が進みそうです。

 実は、2月の始め、近くの自治体に「特区法」の申請提案をからめた企画書を送ってみました。残念ながらこの時点では文部科学省の新しい方針が出てしなかったので、それには触れることが出来ませんでした。
 今度は「特区法」と文部科学省の新方針に沿った企画書を作ってみます。次第に回りの条件が整ってきたという感じがしています。御期待ください。 さて、今号は前回の続きです。

グループを単位とした自給型の生活

 自給型の個人生活は、自給型の社会があってこそ成り立つもので、今日のように分業(都市)型の社会になってしまうと、個人(家族)的に自給型の生活をスタートさせることは不可能です。今、自給型の生活を始めようとするなら、同じ考え方の人が集まってベースとなる社会(コミュニティ)も同時に作らなければなりません。

 オーストラリアの自給型コミュニティ「クリスタル・ウォーターズ」は、そういう試みの一つです。一見目新しそうに見えますが、システムは日本のかつての農山村社会と全く同じです。つまり、家族を経済単位と考える農業者だけが集まった村というわけです。これは協業社会です。農業については共同(合同、分担、相互)が成立しますが、個々の生活については共同は成立しません。例えば、どこかの家に病人が出て介護が必要になったとき、自動的にコミュニティがサポートしてくれるかというと、それはありません。農地の管理はある程度はコミュニティが自動的に行えますが、介護のようなことは「扶助講」のような制度を作り出すしかありません。しかし、何かあるたびに「講」だとか、「結」だとかを作っていたのでは、その管理が大変で、生活に支障をきたすようになります。日本の場合、それが煩わしくて村を出て行くという例はたくさんあります(これも過疎の原因の一つです)。

 「クリスタル・ウォーターズ」はまだ20年足らずの歴史しかなく、メンバーの自由と全体利害の矛盾の歴史であったと言っていますが、試行錯誤はまだ百年ぐらいつづくと思います。家族で対応できないことを「講」や「結」で対応しようとすると、人の自由な出入りは認められなくなります。出入りの自由を認めると、「講」や「結」は成立しなくなりますから、家族ですべてを処理しなければならなくなります。
 「クリスタル・ウォーターズ」のような、第一種兼業農家スタイルの場合、基本的には各家庭が大家族化し、少々の問題は家庭内で処理できるようにしないと、個人の生活も社会(コミュニティ)もうまく成立しないと思います。そもそも自給の生活は、日常の作業数が多いですから、大家族が必要条件といってもよいでしょう。

 ところが、今日の工業社会では大家族を形成している人は皆無ですから、もう家族という単位で考えていたのでは自給型の生活に入れません。ここに非血縁者で大家族(共同体)を作る必要が生まれてくるのです。しかも、自給型の社会は無いですから、大家族を作ると同時に社会(コミュニティ)も作る必要があります。10人ぐらいでは、社会機能は作りだせませんが、数十人ぐらいならグループの中にある程度の社会機能も作りだせます。今、自給型の生活に入っていくには、共同体という手段を使うしかないと言えます。そして、大家族(共同体)を作ってしまえば、個人(家族)のようなスタイルの区別はなくなります。1人1人のメンバーの在り方をして、第一種兼業農家的な人もいれば、専業農家的なスタイルの人もいるという形になります。

〈 非血縁者を一つに結ぶ方法 〉

1. 共通の目的で結ぶ
2. 共通の価値観(思想、宗教)で結ぶ
3. 共通の意識(心)で結ぶ

 「癒しの郷」は、共通の意識(心)で結ぶ方法を考えています。しかし、以上の三つは深く関連していて、完全に切り離して考えられるものではありません。基本は心にあって、心の傾向性が特定の価値観を選択し、その延長線上に自我の目的が生まれます。このように考えれば、何でグループを結んでも良いように思えますが、目的は達成されると消滅します。価値観も大きな出来事に遭遇すると変わります。生涯変わらないのは心の傾向性だけです。
 目的はインパクトが強いですから、それに惑わされないように、意識(心)>価値観>目的という順位に気をつけたいと思います。
 以上が共同体の作り方(結び方)ですが、私たちは自給的な生活をするために共同体を作るわけではありません。平和でストレスのない心地良い暮らし方を実現しようとするとき、三次元的に見れば自給型共同体になるということに過ぎません。本質を見失わないようにしましょう。

・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
前述した文部科学省の発表には小躍りしました。ヤフーのニュースを眺めていたら書かれていたのです。おまけに「癒しの郷」の掲示板にこのニュースを書き込んで下さった方もいらっしゃったのです。諦めていた廃校舎詣でを暖かくなったら、またやってみようかという気持ちにさせてくれました。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  130号 2004. 2/15