**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   122号 2003.11/25

 前号で、エコビレッジを目的にしてはダメだといった話をしましたが、誤解のないように改めて説明しておきます。
 これは過去の号(号数不明)で、人為経済、摂理経済の説明をしたとき触れたことなのですが、大変重要なことなので、もう一度整理しておきます。

<摂理経済に帰ることが本当の目的>

 今私たちは、自我(頭脳)の考える損得の経済の中で生活しています。これは何千年という時間の流れの中で、次第に自我意識が強くなり、お金が自我の価値観に沿って流れるようになったからです。生きるためには、自我の価値観に敏感でなければならず、いつも頭脳を活発に働かせる生活になっています。

 この結果、今の私たちは、心(本来の意識)と頭(生まれてからの記憶によって作られた意識)とが大きくズレてきています。心の欲求は無視し、頭の欲求に従っているからです。今の世で生活するにはしかたのないことですが、これが現代のストレスです。ストレスは葛藤であり、これは肉体の葛藤(病気)につながります。

 この葛藤から抜け出すには、心と頭を一致させるしかありません。心の方向性は変えられないですから、心に頭を合わせることになります。これは、行きつくところ今の自我経済(人為経済)から降りるということです。
 ただし、何も対策を取らないまま降りたのでは、即生活ができなくなります。その方法が見つからなくて苦しんでいるわけですが、理論的にはそんなに難しいものではありません。

 私たちが、自然の恵み(自然の生産力、自然のエネルギー)の中で生活が成り立つような経済(摂理経済)を組み立てて、その中で生活すればよいのです。そうすれば、生活することに頭を使わなくてもよくなりますから、つまり、他者の自我の好など考えなくてもよくなりますから、頭は自分の心の方向に添わせることができるようになります。心と頭の一致です。ここにもうストレスはありません。心の興味のままに頭を使えばよいのです。気持ちのよい生き方になります。

 そのような自然の恵みで暮らす社会は、結果的にエコビレッジであり、パーマネント社会であるのです。
 自我(頭脳)の理想からエコビレッジを目指した場合、本当のエコビレッジには至らないように思います。

 オーストラリア東海岸の、パーマカルチャ−地帯といわれている所の生活風影を、TVで見たことがあるのですが、ニワトリを囲っておくカゴ(目の粗いザルを伏せた形状で人間が入れるぐらいの大きさ、稼動式)が鉄線で作られていましたし、太陽光を熱エネルギーとして住宅に取り込むとかの窓は、ガラスになっていまいた。鉄もガラスも工業社会(人為経済)の産物であって、パーマカルチャーにはなっていないと思います。又、再度それを得るためには、人為経済の中で仕事をしなけばならず、心と頭を分離させることにもなります。

 パーマカルチャー思想も始まったばかりで、まだ結論を出すことはできませんが、今の段階のものは、工業社会(人為経済)の中にある暮らし方といえます。
 その人たちと話したことがないので詳しくはわかりませんが、思想に間違いがあれば、いつまでたっても今のレベルを越えられないと思います。日本ならトリを囲うカゴは竹で編むでしょうし、太陽エネルギーは、木材に変換して薪にしてエネルギーを取るでしょうから、技術ははるかに進んでいます。しかし、その日本は、人為経済に入って行ったために、かつての技術はどんどん消えています。

 重要なのは技術(頭脳・知識)ではなく、目ざす方向だと思います。地球摂理に同化しようと考えているなら、たとえ今、車を使っていようと、パソコンを使っていようと、いづれ摂理の中に溶け込むことができます。そのとき、意識していなくても、エコ社会、パーマネント社会を実現しています。そして、心と頭は一致した暮らしになっているでしょう。

 形や技術(頭脳知識)から入って行くと、なかなかエコ社会にはたどりつかず、頭と心が平行線をたどったままの暮らし方になるように感じます。
 理屈からいえば、心から入ろうと、頭から入ろうと結果的には同所に(心と頭が一致した生活)行き着くはずなのですが、頭はパーフェクトでないためにどこかに欠落があって、うまく行かないように思うのです。心のセンサーを使った方が確かです。


・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以前廃校を探していると書きましたが、難航しています。交通の便を考えて選んでいたのですが、なかなかありません。廃校舎といっても木造校舎などあまりなく、改装したり建替えたりして年数が経っていない校舎が多く、文部省の補助金問題と絡んで、貸してもらえるような物件がないのです。立派な校舎が残っているか、壊して更地か、地域の施設になっているか、廃校舎の行方は様々なのですが、難しいです。国などは公園にしたり宿泊施設にしたり、福祉施設にすることには積極的なようですが、もっと違う用途利用をしようとするものにも門戸を開いて欲しいものです。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  122号 2003. 11/25