**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   117号 2003.10/5

 前号(116号)で各種実験内容を紹介しましたが、たくさんの方に関心を示していただき、心強く思っております。
 今、家族中で廃校となった小中学校をネットや電話で探しているのですが、びっくりするくらい出て来ます。但し、交通の便の悪い所ばかりです。常識的に考えれば、交通の便が悪いから過疎が進み、その結果廃校となった訳ですから・・・。

 しかし、実験にはたくさんの人たちに参加して欲しいと思っていますから、交通の便を第一に考えています。気は確かか(?)と言われそうですが、新幹線の「のぞみ」が止まる駅から在来線に乗って1時間以内の所で、学校の近くにはコミュニティ(共同体)の作れるスペースがあって・・・と。
 廃校で実験をして、完成度の高いものを使ってモデル共同体を作ろうというわけです。学校には電気、水道が入っており、少なくともトイレは付いていますから、場所さえ借りられれば実験に入れます。

 次第に妥協することになるでしょうが、今年中に場所を決めたいと思っています。

 報告はこれくらいにしておいて、前回は飛びましたが、本題の『人間が地球に生きるとはどういうことか』の続きに入ります。これも早く終わらせないことには次に進めません。

(3)「量子力学」とコミュニティ(共同体)

 釈迦の説く「唯心の所現」(「唯識論」)にしても、量子力学でいう「波動関数理論」にしても、意識(思い)が世界を作っているというわけですから、元来、宇宙には法則が存在しないことになります。法則と思えるものは、自分の信じている法則が、現象として現われているのを五感で感じ取っているだけということです。(ここで言っていることは、ちまたでは奥義とかいわれている領域の話しです。ゆっくり考えてみて下さい)。

 今、私たちは、物理的な因果律によって現実が作られて行くといったニュートン力学的な法則を真実だと思っていますが、これは、現実がそうなっているからそのような信仰になったのではないのです。
 この世に生まれ、まだ何も信仰を持っていなかった白紙状態のとき、親や社会からニュートン力学的法則を教えられ、白紙のところに書き込まれたのでそのような信仰を持つことになり、その信仰通りに「唯心の所現」がなされていたといえるのです。

 最初に信じた通りに現象が現われ、それを繰り返し五感で体験するために、疑いようのないものになっているだけです。
 もし、生まれたとき、量子力学的な法則を書き込まれたなら、イエスと同じように空中からパンを取り出し、川を歩いて渡っていたはずです。この話しは別の機会にしたいと思っています。

 
 もう少し現実的なところに話しを戻しますが、同じニュートン力学の信者であっても、枝葉の部分は人それぞれに違います。
 私は、自営業の家系に育ったものですから、学歴信仰を全く持っていません。実質信仰を持っています。そうすると、学歴が関係することには全く出会わないのです。20代に二つの会社でサラリーマンをしましたが、どういうわけかどちらの会社も途中入社という形になり、入社試験を受けたことも、卒業証明書を求められたこともないのです。今だに卒業証明書を使ったことがないですから、おそらく死ぬまで使うことがないと思います。

 一方、私の妻は学歴信仰を持っており、今だに事あるごとに卒業証明書だとか、資格証明書だとか言っています。つい先日も、資格登録で5千円支払ったとか言っていました。おそらく、死ぬまでそういうことにかかわるのでしょう。

 信仰に応じた現実が現われるという例ですが、お互いその現実を繰り返し五感で体験するものですから、私はますます学歴は必要ないと思うし、妻はますます学歴が必要だと思うわけです。ここに、一度刷り込まれた信仰を否定すること(変更すること)の難しさがあります。ひとたびニュートン力学の信者になると、イエスの奇跡は作り話しにしか思えず、別の法則世界があることが信じられなくなってしまいます。

 ともあれ、人はそれぞれの信仰を持っており、それぞれ異なった現実を体験しています。このことは「平行宇宙」と深い関わり合いを持つことになります。
 ヒュー・エベットの理論によれば(実験レベルでは確認されているというのですが)、宇宙はグラデーションをかけたように、少しずつズレた世界が無限に連なっていると。これは、大きくズレた世界は、隣接して存在できないということでもあります。

 世界は意識(思い、信仰)が作っているのですから、意識(思い、信仰)が大きく違っている人とは、隣接して暮らせないということになります。単純な理屈です。

 又、シュレディンガーの『波動関数理論』に従えば、思い(信仰)の異なる人が同じ空間にいると、波動干渉(二つ以上の波動が重なって、お互いに弱め合ったり強め合ったりする現象)が起きることになり、現実がうまく形成できないといえます。自動車のマフラー(消音機)は、波動干渉を利用して騒音を打ち消しているのですが、これが現実化という面で起これば、現実がうまく現われないということになります。

 経験則的に感じていると思いますが、目的を同じくする人が集まっても、明快なルールがあっても、意識(思い、信仰)の違う人が中にいると、何かしっくりこないものを感じますし、ギクシャクすることもあります。これは、波動干渉の乱れを感じ取っているのだと考えられます。
 逆に、同じような思い(信仰)の人といっしょにいると、何か気分がおだやかになります。心地よくなり、これは波動の相乗効果(同じ思いが増幅される効果)が出ているのだと考えられます。イエスも「・・・どんな事でも心(思い)一つにして願うならば、天におられる父はそれを叶えて下さるであろう・・・」(マタイ伝18章19節)

 メールマガジン『癒しの郷を創ろう』では、心の傾向性を同じくする人でグループを作ると言ってきましたが、これにはもう少し深い意味を込めています。思い(信仰)はまだ変更の余地がありますが、心の傾向性はその人の今世の生き方ですから、変更できないのです。
 『平行宇宙論』(『三千大千世界』)においても、『波動関数理論』(『唯識論』)においても、心の傾向性や思い(信仰)を同じくする人がいっしょに暮らすというのが当たり前であって、地球上でそれ以外の暮らし方など考えられません。心を同じくする人がグループを作ってコミュニティ(共同体)の生活をするのは、ごく普通の暮らし方であるのです。

 今のように、思い(信仰)はとわず、考え(自我目的)を合わせることで作るグループには、元々調和も平和もないのです。無理に作れば、膨大なストレスが生まれます。もうそのことは十分体感したのではないでしょうか。

・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今年は米泥棒に野菜泥棒、果物泥棒事件が多発していますね。木に実っているりんごとか畑のねぎとかとるのも大変だと思います。米など30キロはありますから、あれを何袋も運び出すだけでも大変な作業です。金額はしれていても、手間ひまかけて育てたものですから農家の方は残念でしょうね。先日貯金の無い家庭が全体の2割になったとかいうニュースをみました。ホームレスも失業者も増えているし、いつ暴動が起きても不思議ではない状態の日本になっていると思いました。あれ、ちょっと飛躍しすぎましたね。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  117号 2003. 10/5