**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   110号 2003.7/25

 今号も番外編の続きです。前号の終わりで、国家体制に危惧していること。そして、体制がぐらついてくると、コミュニティ(共同体)づくりの条件が一気に整うという複雑なことを言いました。
 これは、今後、コミュニティづくりを考える上で、要になることなので少し説明しておきます。

1.経済が正常になると国家財政は破綻する

 今はゼロ金利時代と言われていますが、資本主義経済の原理から考えれば異常なことです。
 バブル経済以前においては、長期金利はずっと5%前後でした。5%は、資本主義を動かす基本的な金利です。民法でも、5%の金利は当然と考えており、「利息を定めなかったお金の貸し借りについては5%で計算してよい(404条)」となっています。

 このような事からも、ゼロ金利は異状であって、いつ5%に戻っても(1年定期預金が5%の利率になっても)不思議ではありません。 しかし、今となっては、そんな金利に戻ると国家財政が完全に破綻します。

 03年度残で言うと、約700兆円の国債が発行されていますが、この国債の多くは、期日が来ると借り替えています。借り替えの時は、その時の金利(利率)になります。又、毎年発行する赤字補填の国債は、当然その時の利率で発行されます。
 単純な計算ですが、このような事から、700兆円の国債の利率が5%になると、利息の支払いだけで35兆円の予算が必要になります。実際には、これに加え期日償還分の予算も必要になるわけですから、国債費だけで今の税収(50兆円弱)が吹っ飛んでしまいます。

 しかし、現実はもっと大変で、国家財政が破綻する前に、先ずゼロ金利の国債を大量に買っている銀行や保険会社が、軒並倒産します。長期金利が5%になれば、銀行は5%定期預金を売り出さなければならないし、保険会社は利回り5%の保険を発売しなければならないのです。そして、すべての資産を5%で回さなければやって行けなくなります。そこにゼロ利率の国債が何十兆円もあったのではどうしようもありません。

 以上のように、経済が活性化してきて金利が上がってくると、金融機関も国も破綻するしかないのです。しかし、大半の人は、今の時代は有望な投資対象がないので、長期金利が大きく上昇することはないと考えています。ここに、今の会社の大変危険なところがあります。

 金利は、経済活動だけで動くものではありません。会社不安が起こり、人々が現金を投資に向けなくなった時も金利は上昇します。
 例えば、東南海地震や東京地震が起きたときなど、人々は不安から現金を持っておこうとします。こういう時国債を買ってもらおうとするなら、相当高い利率でないと無理でしょう。国債の利率が上がるとすべての金利は上昇します。

 戦争の危機が表面化した時も同じです。『アネモネ』という女性向けの雑誌があるのですが、その雑誌の編集長がある人に依頼して、金正日と意識コンタクトをしてもらったところ「戦争は避けたいが、自分の立場を守るために核兵器を使わざるを得ない」と言ったと、同誌の03年2月号の編集後記に書いていました。
 宗教家出口王仁三郎(故人)は、どこに核が落ちるかも言い残しています。戦争が始まらないとは誰も断言できないはずです。

 さらに言えば食糧問題もあります。長くなるので省略しますが、地震や戦争や食糧問題は、財務省や経済学の責任ではないと言える所に、今の社会システムの危うさを感じます。とにかく、GDPは500兆円弱です。このすべてに(学生アルバイトや主婦のパートにも)10%課税したとして50兆円です。なぜ700兆円もの借金をするのか、理解に苦しみます。

2.国家体制がぐらつくと土地が手に入る

 国内農産物が、海外からの輸入品に価格的に対抗できなくなってから、農山村社会は国家財政でささえてきました。したがって、国家財政が破綻すると農山村では従来形の生活はできなくなります。早い話、飲み水ににも事欠くようになるかもしれません。

 過疎地域の水道事業は、ほとんど赤字会計になっており、赤字分を一般会計から補填しています。その一般会計は、地方交付税で成立しているのです。
 農山村の行政サービスは、ことごとくそういう状態ですから、国家財政が破綻すると行政サービスが極端に低下します。

 又、地域の人の収入にしても、自治体事業や公共事業の占める割合が高いですから、国家財政が破綻すると収入も激減します。
 おそらく、かなりの人が都市に出ていくでしょうが、そうなると、問題化している耕作放棄地はさらに増えることになります。

 私は、耕作放棄地は、今の「農地法」によって耕作した人の所有物だと思っています。
 「農地法」は、戦後、不在地主から実際の耕作者に農地の所有権を移転させるために作った法律です。第1条に「農地は、耕作者が所有することが適当である・・・」と明記されています。この条項によって所有権を移転ささせたのです。

 今でも第1条が削除されているわけではないですから、耕作放棄地は耕作した人のものだと思います。
 もし、体制に混乱が起き、大量の失業者でも出るようなことになると、又、食糧難のようなことが起きると、政府は農地法の第1条によって、耕作放棄地は自由に耕作してよいと明言するでしょう。

 しかし、行政サービスがゼロ状態になった所に、誰もが行けるわけではありません。行ける人は限られており、その一つは、共同体が作れてその中で生活できる人たちです。“癒しの郷”計画は、一気に実現することになるのです。
 神道系の団体の啓示に「立て壊し、立て直し、同時に成る」とありました。先のようなシュミレーションが現実のものとなるでしょう。

 私の身辺があわただしくなって来たということは、近い内にそういう事が起きるというサインかもしれません。“癒しの郷”は、ハード(住宅などの生活道具)が遅れ気味です。よろしくお願いします。

 次号を発行する頃には、新しいサイトのトップページぐらいは出来ているでしょうから、新サイトの方針など説明したいと思います。


・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「久し振りに山から降りて、街まで絵の具を買いに行きました」と書きたいところですが、近所に百円ショップがあり、百円ショップの絵の具を準備人その1に買って来ました。水彩画など何十年ぶりだといいながら、コミュニティのイラストを描いていました。まずまずの出来です。ちょっと前までは文筆業のような顔をしてメルマガ原稿を書いていましたが、今度は画家のような気分になっています。しかし、絵を描かせている方が、水を得た魚のように生き生きとしています。また近いうちにお見せしますので、もう少しお待ち下さい。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  110号 2003. 7/25