**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   109号 2003.7/15

 私の身辺が、急にあわただしくなってきました。時代が大きく回転を始めたように感じます。今号は、番外編として、近況報告にします。予定していたコミュニティ(共同体)の事例研究は、その後のシリーズにします。

1. 同志出現

 メルマガがきっかけで、様々な分野の方々とのご縁が生まれ、それぞれの得意分野で、それぞれの「癒しの郷」構想をたてて頂いています。

2. 事業コンペ出品

 これは、同志の方からの提案です。以前にも、過疎の自治体向けに「コミュニティ招致を自治体事業にしませんか」という事業提案書を作っていることをお知らせしました。
 この企画を、自治体ではなく「癒しの郷を創ろう」が事業主体になるという形にして、事業コンペに出品してはどうかという提案をいただいたのです。岡山県が新規事業を募集しているのです。

 出品する目的は、入賞して云々・・・ではなく、行政関係者に「癒しの郷プラン」を知ってもらうことです。一種の広報活動です。締めきりが8月20日なのであせっています。

3. 新サイト用のドメイン取得

 これも読者の方からの提案なのですが、かなり前から、独自のドメインを取得した方がいいと言われていたのですが、やっと新しいサイトの構想が定まったのでドメインを取得しました。
 この経緯は改めて説明したいと思っていますが、次回発行の頃には、新サイトで、コミュニティのイメージイラストの一枚くらいは紹介したいと思っています。なんせアナログ派なものですから、水彩で描いてスキャンするしかありません。その準備にメゲています。

4. 「癒しの郷を創ろう」の出版の話し

 ある出版社から、メールマガジン「癒しの郷を創ろう」を書籍として出版しませんかという案内が入りました。日本にはまだ、コミュニティ(共同体)の全体像を説明した出版物はないらしいです。それならと思ったりするのですが、時間の問題で悩んでいます。水彩道具も街まで買いに行かねばならないし・・・。

5. 「癒しの郷を創ろう」の内容が雑誌記事になります

 記事は、ライターの方が、その方の立場から書いてくれます。第三者的立場の人が、“癒しの郷”をどのように見ているのか興味があります。おそらく皆さんもそうでしょう。
 雑誌が出るのは1ヵ月くらい先の話しなので、その時になったら改めて紹介します。

 なお、記事を書くに当たってのいくつかの質問があり、それに答えたわけですが、これは皆様の参考にもなることなので、ほとんど原文のまま紹介しておきます。

質問:コミュニティに関する発想・知識

<返答> 共同体は、意識が変化することで自然に見えてくる一つの世界だと思います。
 私が、共同体という言葉を知ったのは高校生の頃でしょうが、深く考えたこともないのに、嫌悪感や恐怖感を感じていたように思います。自我(個我、パーソナルティ)意識が、それは自由を奮うものでうることを本能的に察知していたのでしょう。

 それが、いつの頃からか共同体を考えるようになっていたのですから、意識の変化があったのだろうと思います。個という枠で生きるより、多くの人とシェアしながら生きる方に興味を感じるようになったのです。意識が少し集合意識の側に近寄ったといえるのかも知れません。

 共同体の参考書には出会えなかったので、仕組や在り方については、自分の心に問いながら一つ一つシュミレーションして行きました。自分が受け入れられないものは人も受け入れられないだろうと・・・。

質問:“癒しの郷”計画を具体的に

<返答> 共同体についての基本的な考え方は、メールマガジン35号、40号あたりにあって、同時期、多発的に作ることを考えています。

 共同体は、非血縁者によるグループを単位とする生活です。一方、既存社会の制度(法律など)や文化は、個人または血縁家族を単位としています。両者は相容れないものです。
 したがって、共同体は、既存社会からある程度独立性を持って生活する必要が出て来ますが、小さな共同体を一つ二つ作ったのではそれは無理です。
 独立性がなければ、既存社会と密な関係を持って生活するしかなく、そうなると、自分達の生活を作るより、社会との折り合いをつけることに多くのエネルギーを使うことになり、押しながされてしまうでしょう。

 キリスト教(プロテスタント)の一派に、メノー派といわれる人達がおり、この人達はルターの宗教改革以後、共同体の生活をしながら今日に至っています(今は新大陸に移住しており100万人近い人口になっている)。
 何百年も共同体の生活が続き、迫害を受けながらも人口増加して行ったのは、同時にたくさんの共同体が作られ(20〜30家族150人ぐらいが単位)、相互協力がうまくいったからだと考えられます。今は4〜5派に分かれていますが、結婚や経済取引は派を越えて行われています。

 今西進化論で言うように、新しいものは同時多発的に始まらないと存続はないと言えそうです。

 日本もある時期が来たら、多くの人が共同体の生活を求めるようになると思っています。きっかけは、国家体制の瓦解が始まったとき(年金や介護保険などが、制度あって実体なしになった時とか・・・)でしょう。

 実際には、思っても見なかった事によってそうなるのでしょうが、東海地震や東京地震などで一気にそうなることは避けてほしいと思っています。

 出来るだけ早く、共同体生活の概念(生まれてから死ぬまでの形)を伝え、又、いざとなったら誰でも作れるように基本的にハード、ソフトを構築しておく必要があると思っています。
 ハードについては、自給型共同体基本プラットホームという考え方で、給水、排水、トイレ、エネルギーなどエリア内で調達、処理するシステムをセット化して考えています。
 又、移住方法、当面の住居、当面の収入の方法なども、同志と手分けして考えています。これらのものは、いづれ新しいサイトで順次発表していくことになるでしょう。

 以上、ライターの方に答えたものの一部ですが、国家体制には危惧しています。
全国民が一丸になって努力してもどうにもならないようにところがあります。また、それによって共同体づくりの条件が一気にととのうような面もあります。次号ではこの辺りのことを説明したいと思います。


・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今年は梅雨らしい梅雨ですね。ここ何年も梅雨に雨など降らなかったものですから、反対にこれが異常気象のように思えます。この雨空の中、昨日飛べるようになった子ツバメたちは元気に出掛けて行きました。夜は巣に戻ってくるので、まだ巣立ちとは言えませんね。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  109号 2003. 7/15