**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   88号 2002.12/15

 前号の「モノとお金の関係」、準備人その2はよくわからないと言います。少し補足しておきたいと思います。

 これもミニマムモデルで考えて下さい。小さな社会の政府が、借金をして(赤字国債を発行して)、1兆円の橋を作ったとします。中央銀行で発行してもらったお金は、工事関係者の手に渡ります。しかし、その橋は、個人で買える商品ではありません。したがって、お金は中に浮いた状態になっています。
 その後、小さな社会の誰かがパンを造ったとします。商品として買えるものが、そのパンだけであれば、橋を作った1兆円は、そのパンをめがけてなだれ込んでくるはずです。1人当り一千万円のお金を持っていたとするなら、パンの値段は限りなく一千万円に近付くでしょう。

 今、日本の政府系の借金は、一千兆円といわれており、その一千兆円のほとんどは、公共工事のようなものに使われているわけですから、個人の買える商品が増えたわけではありません。お金を手にした人は、個人資産として蓄積しています。
 そのような状況ですから、生活必需品が不足しそうだと聞くと、大量のお金がそこに殺到することになるのです。

 たくさんのお金があると個人は安心なのですが、全体としては時限爆弾をかかえているような危険があり、何かあればハイパーインフレに発展します。
 この話しも、準備人その2には分かってもらえないでしょう。もうこの先は体験してもらうしかありません。お金の話しはこれで終わりにします。

<“癒しの郷”スケジュールについて>

 前号まで十何回かに渡って、都市や農山村に生活基盤を作る基本的な話しを続けてきました。あまりおもしろくない話しでしたが、今後役に立ってくると思います。
 今回からさらに一歩進めます。まずスケジュールの概略、構想を説明しておきます。
 古い号で、“癒しの郷”は、都市から農山村へという横方向の移動だけではなく、縦方向にも移動するものだと言いました。都市を田舎に持って行ったのでは意味がないからです。まずはその辺りから説明します。

 縦方向というのは意識の部分で、自我意識から本来の意識を使う方向にシフトするということです。意識世界の言葉を整理しないまま話を進めて来たので少し困っています。取り合えず分類しておきます。

<自我意識>
 小我、肉体を持ってから作られた意識(記憶が体系されたもの)、表面意識、他者と同通しない意識、分離意識、脳波で10〜30ヘルツの意識、大脳新皮質の領域、記憶を使って考える世界、分別知、理論表現・・・・等。

<本来の意識>
 大我、永遠の意識、潜在意識、他者と同通する意識、統合意識、脳波で数ヘルツ以下の意識、大脳旧皮質の領域、感じる世界、無分別知、イメージ表現・・・・等。

 言葉の分類については参考程度にして下さい。本来の意識が、なぜ他者と同通するかについては、機会があったとき説明します。ニコラ・テスラという科学者が、電気を使って実験していますから、またその話しをしたいと思います。

 その意識のシフトの部分ですが、農山村に移動してから意識のシフトを行うのか、意識のシフトを行ってから農山村に移動するのか、という難しい問題があります。

 準備人としては、後者に近い方法を考えています。その理由ですが、意識と形(現実)はイコールです。自我意識が活発な状態でコミュニティ(共同体)を建設すると、自我世界が出来ます。自我世界の中に暮らしながら意識を変化させることは大変難しいです。形が意識を固定するからです。
 このような事から、ある程度自我意識が弱くなったところで、本来の意識に近い世界(コミュニティ)を作り、そこに移住してから、形を少し修正することで、本来の意識の世界を作ろうと考えています。これは大胆な発想です。

 解っている人が始めから本来の意識の世界(コミュニティ)を作って、そこに入って行けばよいと思うでしょうが、意識のズレが大きいと、招かれても入って行けません。『聖書』(「マタイ伝」22章)に「招かれる人は多いが選ばれる人は少ない」とある通りになります。

 よい例が見当たらないのですが、プロフィールとしてHPに入れている私の作品(家具やレストラン)は、おそらく25ヘルツぐらいの意識で作ったのだと思いますが、あれと同じものを10ヘルツぐらいの意識で作ったとします。緊張感のない、間の抜けたような印象のものになると思いますが、二つ並べて好きな方を持って行って下さいというと、大半の方はHPにある方を選ぶと思います。大半の人はまだ自我意識が強いと感じています。もし、数ヘルツの意識で作ったなら(私にはできませんが)、それは作品として見えないかもしれません。選ぶどころの話しではありません。メルマガ30号参照

 意識のシフトは、ステップを踏まないと難しいようです。釈迦は、「長者愚子」(「法華経」)のたとえ話しで、形を段階を追って変えて行く方法を説いています。

 本が見つからないので記憶だけで紹介しますが、長者の家の息子(神の世界にいた人間)が、そこを出て行って落ちぶれた生活をしているのです。それを知った父が、あわれに思って使いを出して帰って来るように説得するのですが、「そのような家の息子であるはずがない。これは策略であって、捕らえて殺される」と思って逃げるのです。
 そこで父は、一計を案じ、まず下男として雇い入れるのです。これには本人も納得します。そして次第に役職を上げていって、総支配人クラスになったとき、長者の父は、お前は私の息子だと打ち明けるのです。そして、ハッピーエンドとなる話しです。

 これと全く同じような内容の話しを、イエスも「放蕩息子のたとえ話し」(「ルカ伝」)で説いています。
 釈迦とイエスにそのような事を言われると、コミュニティを段階的に作って、順次引き起こしていくスタイルを取らざるを得なくなりますが、これは資金的に不可能です。

 私が、釈迦とイエスに逆らって、大胆な方法を考えたのは、メルマガ読者(女性)から、「家は雨がもらなければ、衣服は寒さがしのげればよい・・・」というメールをいただいたからです。
 今の時点で、かなり自我意識が弱くなった方がおられるようですから、もう少しすれば多くの方がそういう心境(意識)になると思ったのです。今は2千年前とは時代背景が違っているはずです。

 そのようにして考えれば、準備人としては、10ヘルツ辺りの意識でコミュニティ(共同体)を設計していればよいことになります。何パターンも考えなくてよいので楽になります。
 10ヘルツというのは、アルファー波といわれている波長ですから、リラックスすれば誰でも入って行ける領域です。私のように自我が強いと大変なのですが・・・。

 とにかく、来年あたりから、自我世界は少しずつ壊れて行きそうですから、それに合わせて手を打って行くことにします。手始めとして、過疎の自治体に声をかけてみます。これがうまく行くと、コミュニティのスペースは賃貸で手に出来るかもしれません。小さい出費ですみます。“癒しの郷”は、絶妙のタイミングで進んでいるのだと思います。以前にもお伝えしましたが、チャンスは突然やってくるのかもしれません。

 次回は、自治体向けに作っているレポートを紹介します。NPO法人の活用法も分かっていただけると思います。


・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
準備人は時々、釈迦やキリストのたとえ話を引用します。知名度もあって黄門様の印籠のようなものですが、どちらも研究者が多く、解説も多種多様です。多種多様の解説をミックスし、準備人の直感で味付けしてメルマガに書いていますので、読者の方々の中には、ん?、と思う方もいらっしゃることでしょう。しかし、こういう解釈もあるのかな、と思って読み流してください。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  88号 2002. 12/15