**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   82号 2002.10/15

 前号は、NPO法人設立準備会議のような話しになりました。準備人その2が、もう少し細かい説明をすべきという提案を出しているのですが、その辺りについては、本論の進行とオーバーラップさせながら順次触れて行きたいと思っています。今回のテーマも、NPO法人設立の説明を進めるための前置きのような話しです。

8.農山村に生活基盤を作る方法(3)

<農山村の土地は無償で手に入る(?)>

 今、日本は、戦後50年のシステムからうまく立ちゆかなくなっており、産業界などでは静かに大胆に精算されています。
 そういう例の一つですが、前号の発行日(10月5日)に法事があって、その時叔父の1人(機械製造業)から聞いた話ですが、ある大きな企業から工場の処分をたのまれたというのです。
 単にスクラップにすれば、何億円もの費用がかかる仕事ですが、叔父は、無料で引き受けたそうです。理由は、残っているモノが活用能力を持っているからです。
 その時の話しでは、建屋の鉄材が何千トンだかあって、クレーンが何十基かあるような話しをしていました。こういったものを再活用することで、何億円かの撤去費用と自分の利益を出すのです。

 この叔父からは、よくそんな話しを聞くのですが、とにかく、何千万円とか、何億円とかのものが無償で流れているのです。以前同じような仕事で、何千万円かの利益を出し、さらに何千万円かの礼金も入ったという話しもしていました。今、それぐらいの勢いで旧システムが精算されています。

 戦後の農地解放で始まった自営農業の制度も、今や完全に破綻しています(1ha足らずの農地では家族が養えない)。従来の仕組みは精算し、農地を本当に活用できる人に無償で渡すぐらいの改革が求められます。特に中山間地域の農地については。先延ばしするほど、後が大変なことになります。

 同じ日(10月5日)の『朝日新聞』(中国版)ですが、「鳥取県西部地震から2年」という記事があって、その中で溝口町(人口5千4百人)福岡3区(19世帯)という所の農地の対応話しが出ていましたので原文を抜粋で紹介します。

『・・・役場から10キロ余り離れた山の谷筋・・・藤山正之さん(78)夫婦は、2階建ての自宅が抜ける被害があり、2部屋だけの平家を再建した。しかし、町の中心部や県外に暮らす娘たちに戻ってほしいとは思わない。田畑の一部はひび割れたが、直すつもりはない。
 近くの梅田幸恵さん(78)も、所有する70アール以上の田は荒れたまま。独り暮らしの自宅は補助金などで直したが、「田んぼはつくる気もないし、人に頼むのもあきらめました」

 高齢化は進む。住宅再建を機に、将来の姿が見えてきた。「地区の家は新しくなったが、どこも跡取りは期待できない」と藤山さん。梅田さんは「田んぼも畑も10年後は『山』になるでしょう」。

 復興支援を続ける日野ボランティア・ネットワークの山下弘彦さん(36)は、「復興する過程で被害者は、過疎高齢化の進む地域の現実を再認識した」と指摘する・・・』

 以上が、記事の抜粋ですが、中四国地方の過疎の様子をよく示しています。私の体験ですが、過疎地域といわれている所でも、当人たちは意外に過疎化、高齢化を認識していないのです。
 そもそも人は、毎年の年齢を意識しながら生きているわけではありませんし、特に農業のように停年のない仕事だとおなさらです。65歳になったからといって、今年から高齢者などとは誰も考えません。何かがあって(住宅ローンを組むとか入院するとかがあって)、始めて年齢を意識するのが普通です。

 過疎の問題にしても人が少なくなっているという認識がスタートなのですが、何ごともない生活していると、お盆や正月だけ帰ってくる人も意識の上では人口になってしまい、過疎も当事者には認識しにくい問題なのです。これも何かがあって初めて知るのです。
 鳥取西部地震の被害地域でも、住宅をどうするかの問題に直面して、初めて自分達の年齢と地域の現実を認識したのだと思います。
 ここに、過疎、高齢化の問題と、農地をどうするのかという問題の対応の遅れの原因があります。

 記事の中に「田んぼも畑も10年後は『山』になる」というコメントがありましたが、本当に山になってくれるなら問題ないのですが、実際には簡単には山に戻りません。
 農地は管理しなくなるとすぐ草がはえヤブ化します。冬になって枯れた草は、腐らない内に次の年にはまた芽を出し繁ります。これを何年もくり返すと農地は枯れ草でタタミを敷いたような状態になり、雨が降ると大量の水を含み、斜面を切り開いた田畑は地スベリを起こしやすくなります。

 地スベリを起こすと、その下の水路や道路をふさぎ、それの復旧だけでも大きな費用がかかります。
 又、地スベリを起こした所が垂直状態になると草木がはえないですから、いつまでも地肌のままになります。適当な角度で地スベリが起きたとしても、そこに雑木がもはえ、根が張るには30年ほどの時間が必要です。さらに、本当の自然(様々な樹木が繁り、地面が腐葉土でおおわれる状態)に戻るのには、気の遠くなるような時間がかかります。

 そして、自然の山に還るまでは、斜面に保水力はないですから、雨期の水は一気に流れてしまい(中下流では、そのマキシム量に応じた堤防が必要になる)、乾期になると河川には水がなくなり、農業用水や上水が不足することになります。
 戦後の人工林で、山の保水力は大きく失ってしまったのに、ここで農地を放棄するとさらに大変なことになります(中山間地域の水田は、ダム何千個かに相当する保水力を持っているといわれていますが、過疎・高齢化で水田が放棄されると下流域の水不足はさらに深刻になります)。

 一たび自然を壊した土地は、人間が責任を持って管理するか、責任を持って上手に自然に還すしかないのです。放棄なんてとんでもない話しです。

 ところが、中山間地域の集落は、毎年200〜300集落が無人化しており、10年もすれば毎年千集落、さらに10年もすれば毎年2千集落が無人化していくと考えられています。
 そして、2040〜2050年頃には、中山間地域はほとんど無人地帯(役所の地区だけに人がいる状態)だろうといわれています。
 おそらく、どこかの時点で第二の農地解放のような決断をするのでしょうが、その時、土地管理能力を持っている人は(中山間地域の農地の場合、そこで暮らせることが第一条件)無償に近い形で農地が手に入ると思います。

 『白書』の01年のデータですが、農業就業者の44%が60歳を越えています。農業は65歳を越えるときつくなるといわれており、耕作面積を減らして行きます。
 食糧自給率38%(穀物自給率27%)の状態が、5年もすればさらに悪化するということです。いつまでも今の延長上の政策は取れないでしょう。来年、食糧が必要量輸入できなくなるかもしれないのです。

 今、小泉内閣が、「構造改革特別区(特区)構想」を打ち出していますが、この審議が一つのきっかけとなって、近い将来中山間地域の改革が行われる可能性があります。

 今回は、中山間地域のかかえている問題の一面を考えてみましたが、次回は、もう一歩踏み込んで、<住宅と農地がセットで手に入る(?)>というテーマで考えてみたいと思います。


・・・・内輪話しですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この三日連休で近所の田んぼの稲刈りも進んでいます。テレビでは子供たちが稲刈り体験をしたとか、芋掘りをしたとか、流れていました。昔の子供は鎌で稲刈りを手伝ったり、稲わらを運んだりするのは当たり前だったのでしょうが、今では、体験学習のひとつとなっています。一株二株田植えをし、季節が移ったら、一株二株の稲刈りをして、農業を体験学習するのですから。そして、減反政策。もし食糧が輸入されなくなったり、飢饉でも起きたら、どうするのでしょうか。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  82号 2002. 10/15