**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   60号 2002.3/5

 ここ数回続いて紹介しているものは、「癒しの郷」への呼び込みサイトを作り、そこからポータルサイト「共同体ライフ」に入って貰った時、最初に見てもらうガイダンスページ「なぜ共同体なのか〜小さな自給社会に向けて〜」の予定原稿です。

 今回が最終章になります。十分整理しないままに書いてきましたから、少しまとめをして最終章(6章、7章)に入ります。

 私たちが、今日の破綻寸前の地球環境(自分の生活基盤)に目を向けた時、これを回復させる一つの方法は「小さな自給社会」に進むことだと説明しました。
 また、今日のストレス社会に目を向けた場合も、それを解決する一つの方法は、「小さな自給社会」を作ることだと説明しました(同列の立場で競うことがない等)。

 そして、積極的に行動しなかったとしても、いずれ今の交易型社会は行き詰まるので、そうなれば「小さな自給社会」に進むしかないということ。
 また、今日の自我(頭脳)意識で作られた社会が崩壊すると、必然的に自我意識が弱くなるので、本来の精神物理法則が働くようになり、心の一致が基本になる(不一致のものとは疎になる)ので、やはり「小さな自給社会」に向うだろうということ。
 以上が1〜5章までの話しでした。

【 6.「小さな自給社会」はすでに欧米で始まっている 】

 皆様には「癒しの郷」の中で紹介したことと重複しますのでここは省略します。

【 7.「小さな自給社会」へ入っていくために 】

1.「小さな自給社会」は共同体から入る

 6章で紹介したように、1970年前後ぐらいから欧米社会で「小さな自給社会」が作られていますが、申し合わせたようにすべて共同体方式になっています。なぜ共同体なのでしょうか。

 このことを理解するために、共同体方式ではなく個人(家族)を独立単位とした集団で「小さな自給社会」が成立するのかどうかを考えてみます。

 自給型社会は、その土地の自然の生産力に沿う暮らし方です。自然の生産力は人間の力で大きく変えられるものではないですから、人間の側で無駄を発生させないことが重要になります。
 しかし、個人(家族)を独立単位にすると、グループ単位に比べ、同一生活基盤の中に重複投資(各家が倉庫を作ったり、同じ道具を買ったり)や重複作業(一括して出来る日常作業を各家で行う)が多くなり、各家の支出は共同体生活より大きいものになります。

 自然の生産力に沿う生活では、支出に見合う生産という考え方は出来ないですから、支出が多いと往々にして自給体制は不成立となるのです。
 その結果、不足を交易で補うことになり、今と同じ交易型社会になっていきます。自給と交易のバランスの取れた社会を作るのは難しいです。一時的、地域的に見れば交易のほうが桁違いに効率が良いからです。
 そして、全体(地球)不成立という今の社会が出来上がる訳です。

 自給型社会を成立させる為には、人間の側の生活効率を良くするのが基本であり、それには共同体方式が優れていることになるのです。
 欧米に作られている「小さな自給社会」が、申し合わせたように共同体方式になっているのは、そのことが一つの理由だといえます。

 コミュニティ論者シャルル・フーリエ(1772〜1837年)は、次のようなことを書いています。
「・・・300家族の農民が共同化されれば、今までの手入れの悪い300の穀物倉庫の代わりに、手入れの良いたった一つの穀物倉庫があれば良い。300のワイン醸造桶の代わりにたった一つの醸造所があれば事足りるのだ・・300のかまどで火を焚く代わりに、三つか四つの大きな火を焚けば良い・・・以上のようなことは、いろいろな論者たちが気付いたことであるが、それでもなお彼等は、本当にもたらされる利益の20分の1も指摘はしていないのである」と。

 一つの概念を確立するためにさらに考えてみます。仮に、豊かな自然生産力に恵まれ、個人(家族)を独立単位とする「小さな自給社会」が成立したとします。

 これの行く末はどうなるかと言うと、3章で説明したように、最終的には与えあう経済になるので(与えざるを得なくなると言うべきかもしれませんが)、個人(家族)単位の独立は有名無実なものとなり、自然に共同体化します。
 当事者は独立しているつもりでも、外から見れば共同体以外の何ものでも無いでしょう。熱帯雨林地域などに多い自給社会はみんなそのようになっています。

 ここで、一つの結論が導き出せると思います。つまり個人(家族)を独立単位とする「小さな自給社会」は存在しないということです。
 「小さな自給社会」は、共同意識と一体にある世界だと言えるのです。共同体が運営出来ないと入っていけない世界だともいえます。
 既存体制が行き詰まったら「小さな自給社会」体制に入れば良いでは済まされないのです。個人からグループへという意識シフトがなければ入れないのです。

 これがこのガイダンスページ「なぜ共同体なのか 〜小さな自給社会に向けて〜 」のタイトルになっています。
 そして、「共同体」がキーポイントになると理解して頂いたとき、本当の意味でのスタートです。共同体(コミュニティ)は、私たちには、未知の世界ですから。

 次回は、この続きをさらに深く考えます。私たちが今のような自我意識を使う限り共同体は成立しないのです。自我の自由と全体の効率は矛盾するからです。それを越えていく道を考えたいと思います。


・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もう3月です。異常気象の暖かさのおかげで随分と前から春の陽気に浸っています。春の陽気とは裏腹に、政治経済では暗いニュースばかり続くし、世界でも異常気象で旱魃だの洪水だのと自然の脅威に怯えるし、日本では近付く大地震に注意を呼び掛けているし・・「癒しの郷」建設を早く現実のものとしないと、救える命も見殺しにしてしまいそうです。準備人夫婦のコタツ会議では焦っても解決の糸口は見出せません。皆様のお知恵拝借です。宜しくお願いします。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  60号 2002. 3/5