**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   54号 2002.1/15

 前回(53号)の続きです。
ポータルサイト「共同体ライフ」(仮称)の最初のページにする予定の「なぜ共同体なのか 〜小さな自給社会に向けて〜 」の2章目を紹介します。

【 2. 五感が機能しない生活の仕組が出来てしまった 】

 地球を救おうという声はあります。1970年頃から聞くようになりました。しかし、何の効果もなく、1999年の国連報告では温暖化防止はすでに手遅れと発表されました。

 なぜ自分の生活基盤を壊すような行為がやめられないのかというと、人間の五感判断が使えないような生活の仕組が出来あがってしまったからです。
 人間は、自分の行動結果を五感で確認し、フィードバック制御しながら次の行動を修正して行きます。その五感認識が使えない仕組ができると、もう何を行なってもコントロールできません。

 問題の一つが、グローバル経済(国際分業)です。例えば、生産地と消費地が遠く離れてしまうと、お互い状況が確認できないですから、生産も消費もコントロール(制御)されなくなります。
 買うとなれば、産地を壊滅させるまで買いつづけます。このようにして、フィリピンやマレーシアの熱帯林は次々とハゲ山になって行きました。

 売る方も同じです。虫の食べた野菜はいやだと言われると、致死量を越えるほどの農薬を使ってでもきれいな野菜を作ります。そうしないと生活できない仕組だからです。

 中国野菜で問題になりましたが、国内でも似たようなものです。私の近所の農家の人などは、自家消費用の野菜は別に作っています。出荷用の野菜は恐ろしくて食べられないということでしょう。

 悪意はないのです。生きるためにすることが、結果としてそういうことになるのです。

 教育でカバーできるという考え方もありますが、ほとんど期待できないでしょう。毎年一千万人もの子供が餓死しており、肉食をやめればそういう事はなくなると聞いて、はたして何人の人がハンバーガーをやめるでしょうか。
 人間は、目の前で餓死者を見なければ行動意志は起こらないのです。教育は、五感情報が得られる仕組があってこそのものです。

 地球破壊行為が止まらない理由はもう一つあって、グローバル経済がすべての社会(国家)を交易型社会にすることにあります。
 少人口社会(国家)や資本・技術力の乏しい開発途上国は、ともすれば、単一産業社会になりがちです。このために、今の産業に限界が来たと思ってもシフトするものがないですから、資限を食いつぶすまで、地域の環境を破壊するまで続けざるを得ないのです。

 農地なども塩害が出るほど過酷な使われ方がされ、その先は一気に砂漠にしてしまうわけです。人間、途中でストップすることはできず、どうにもならない所まで行って死ぬわけです。このことに、私たちは言うべき言葉を持っていません。

 仮に、壊滅に至らないにしても、交易型社会は例外なく土地を単一利用しますから、つまり一帯すべてをコーヒー園にしたり、杉山にしたり、工業地帯にしたりしますから、生態系や摂理を狂わせます。
 日本では話題になりませんが、今、地球レベルでの水(淡水)資源の枯渇化が問題になっています。水がなくなるわけですから、戦争や難民発生の原因にもなりかねない大変な問題なのですが、これなどは、土地の単一利用が生み出した問題です。

 私たちの生活基盤(地球)を守るためには、石油に変わるクリーンなエネルギーを発見すれば解決するというものではないのです。
 環境破壊の根本原因の一つは、グローバル経済(国際分業)にあるといってよいのです。

 環境破壊のもう一方の問題は、20世紀になって科学が発達し、人間の五感で感知できない物質を使うようになった事にあります。
 化学物質が良いのか悪いのか、五感判断できないまま50年使ってきたわけですが、今になって、どうも人体ホルモンの働きを撹乱させるものがあるらしいというのです。

 しかし、すでに汚染をまぬがれた正常な人体がないので、どの化学物質が、どのDNA情報を狂わせたのか、生理コントロールを狂わせたのか、免疫システムを狂わせたのか計測できないというのです。救いようのない話しです。
 それでいて、化学物質の生産をやめようという動きはありません。

 そして、今は遺伝子の組み換えが行われています。これも、五感での判断ができません。また何十年かすると、取り返しのつかない事になったというのでしょう。

 今の問題を端的に言うなら「五感の機能しない仕組の中で、五感で感知できない物質を使っている二重の問題」といってよいでしょう。

 今となっては、どこをどうするの問題ではないのです。今の仕組は、少なくとも2千〜3千かけて組み上げられた仕組であって、部分的に手直しできるようなものではありません。

 原発反対の集会に出かければ、車は二酸化炭素をまき散らし、会場で電気を使えばウランが製造され(電気の消費者が発電所を選ぶことはできない)、パンフレットを配布すればどこかの木がパルプ材として伐採されるのです。

 善意も悪意もないのです。今の仕組の中で動くことが地球システムを破壊することになってしまうのです。どこを正すかではなく、どのようにして今の仕組を降りるかが問われているのです。


・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今回の原稿入力には準備人夫婦の娘まで動員しました。まさに親子の合作です。父が原稿を書き、娘が入力し、母が体裁を整える、本当の内輪話になってしまいました。今までと違って、平仮名が多くて読み辛い箇所があったかもしれません。お詫び申し上げます。今年に入り、年始は寒波と大雪に見舞われ、とんだ年明けでしたがここ2〜3日は、春を思わせる暖かさです。このまま暖かくなるのは嬉しいことですが、異常気象の発端を考えると、「地球さん御免なさい」と言いたくなります。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  54号 2002. 1/15

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