**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   24号 2001.4/5

 ある読者の方から、これまでの話しを整理するのに最適な内容のメールを頂きました。メールの内容は、抜粋しますと、

「(共同体)というものは、その組織の在り方をさしてそう言うのでしょうが、基本は人間同志の関わりであり、コミュニケートすること以外の何ものでも無い訳で、それがうまく機能しなければ、マニュアルだって、意味を成さないだろうと思います。物理的な意味で共同体で生活することが機能的、合理的なのはもちろんですが、共同体を作ろうとする、精神的な柱は、言葉でもなく、意味付けでもなく、マニュアルでもなく、理論でもなく、中心になる、核になる、その人の及ぼすエネルギーのような気がします。」

 この方は、精神世界に興味を持たれていて、本も読まれているそうです。おそらく同じ思いの方がいらっしゃると思いますので、ここで準備人の気持ちなどを改めて述べさせて頂きます。

 新しい生活を考えているのだから、もっと将来の夢やビジョンを語って欲しいのに、「癒しの郷」では参加費がいくらだとか、家賃がいくらだとか、全く夢の無い話ばかりだと、皆さん思われているでしょう。

 準備人その1の体験ですが、1970年代、私は20代でした。この時代は学園紛争があり、オイルショックがあり、公害問題があり、ローマクラブが「成長の限界」を発表し、のエコロジーが言われ、宇宙船地球号という言葉が生まれ・・・・という時代でした。

 この時代を契機に、学生運動に挫折した人たち、そういう紛争を見て新しい生き方に目覚めた人たち、時代が方向転換を求めていると敏感にキャッチした人たち・・・・によって全国にコミュニティ(共同体)が作られました。しかし、今も残っているものは皆無に等しいでしょう。実際、10年続いたものも少ないと思います。

 最近メディアで、偶然そういうコミュニティ(2ケ所)の今を知りました。一つは随筆なのですが、元々は数人の仲間と作ったものですが、今は一家族で暮らしていると語っていました。
 もう一つは、テレビ番組の田舎暮らしをしている家族の特集だったのですが、場所と風景に記憶があったので、古い雑誌で調べたら、20年程前、15人の仲間でスタートを切ったコミュニティでした。

 70年代に作られたコミュニティは、若い人だけで作られたものが多く、心あれど形を知らずというケースが多く、うまくいかなかったように思います。

 90年代に入ってからも全国にたくさんのコミュニティが作られていますが、(ここ2〜3年の雑誌などで40団体ほど確認しました。実際には100団体以上あるでしょう)多くは、世代交代のところまで行かずに消滅するだろうと思います。但し、90年代からのコミュニティには、年輩者が入るケースが多いので、70年代よりは成功率が高いと思います。

 三次元世界には、三次元法則が働きます。既存社会(多数派)を無視することも出来ません。そういうものと折り合いを付ける方法・技術を持たなければ、理想を三次元に現すことは難しいと思います。

 「癒しの郷」準備人の役割は、当面三次元的な手法・技術を一般化する事だと思っています。それを心を持った皆様に使って欲しいと思っています。

上記抜粋メールの終わりに、
「共同体を作ろうとする、精神的な柱は、言葉でもなく、意味付けでもなく、マニュアルでもなく、理論でもなく、中心になる、核になる、その人の及ぼすエネルギーのような気がします」
と書かれていて、発起人がいて、そこに集まる人たちという図が示されていますが、これをすると「教祖」と「信者」になり、「教祖」がいなくなると途端に「信者」は路頭に迷うことになりかねません。

 理想を外の誰かに求めるのではなく、それは自分の心の中にあるものだと気付くことが大切だと思います。

「教祖(発起人)」と「信者(集まる人)」になると、教祖(発起人)が指差した月(理想)を信者(集まる人)が見るのでは無く、信者(集まる人)は教祖(発起人)の指先しか見えず、その先にある月(理想)は見る事が出来ないのです。
 「癒しの郷」ではみんなで指差した月(理想)を見ることが出来るように、準備人は、地に足のついた底辺部分を確立させることに使命を感じています。


・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
前回の増刊4号で「エコビレッジ・アット・イサカ」の事を書きました。正確な翻訳でないということをお断りして、少し紹介しましたが、やはり不適切な部分がありました。情報を下さった女性ジャーナリストの方から、誤りの部分についてと、イサカの様子についてのメールを頂いたので、ここに掲載させて頂きます。

エコビレッジ・イサカの紹介のなかで誤りがあったのでお知らせします。

車の単独使用は禁止されていません。郵便受けまで半マイル、
ダウンタウンまでは来るまで10分ですがバスは1日2本なの
で各戸車がないと生活できません。
衣食住共生ではありません。コミュニティハウスがあり夕食は
そこで2ドル(住民の当番制クッキング)週3回とれますが自
由参加式で、全く参加しない家族も半数ぐらいです。
基本的にはコープでコミューンではありません。収入は全く個
別で毎月、維持費を家の大きさに応じて払い、共用部分のメン
テナンスにあてます。貧富の差があり、施設拡張などの提案が
なかなか通らないといった問題はあります。いま共用サウナを
購入しようという提案もあり、こうしたものは希望者がバケツ
に任意募金する、といった形になりそうです。
計画は90年頃から始まりできたのは97年、今年、第二コミ
ュニティ10戸の建設予定で、いま第1コミュニティとの間で
コミュニティハウスを共用するか、するならどう経費を負担す
るかなどで数か月もめています。コンセンサス制なので何事も
なかなか決まらないようです。住人にはCSA農場経営者もおり
多くの住民は購入参加していますが、村の事業ではありません
。住民は近辺勤務、テレコミューター、退職者で、エコビレッ
ジに住むために他の高給職を捨ててきた人も多く医師が臨時教
諭をしたりしています。発達障害の子供もふたりいます。イサ
カは最大雇用主がコーネル大の小さな町なので、みな職業的に
は妥協してますが、人生観自体が職業一辺倒ではないのでそれ
ほど気にもしていないようです。コーネル大とは提携関係にあ
り、大学内にオフィスもあり、学生のエコ建築プロジェクトや
維持できる生活の研究対象になったりしています。住民のなか
ではコーネルやイサカ・カレッジでコミュニティ開発を教えて
いる人もいます。

見学ツアーや住民のホームステイもさかんですので、ご興味が
あればどうぞ。

やはり現地で生活されている方の情報はすごいですね。日本国内でも個人または、共同体で生活されているような方のお話が聞けたら嬉しいです。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  24号 2001. 4/5