**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**   8号 2000.11/25

 不信任案、ちょっと拍子抜けでしたね。しかし、政界からは「数日間お楽しみ頂けましたでしょうか」というコメントが届きそうです。ふたを開けるまでのワクワクドキドキ、新たな未来への期待、たっぷりと楽しませてもらいました。

●「癒しの郷」建設場所

 癒しを必要とする状況を生み出したのは、既存社会ですから(このことは3号で触れました)、「癒しの郷」は既存社会からの自立性が求められます。コミュニティ(共同体)の自立は、衣食住の自給性を上げることからであり、食の自給には農地が必要ですから、少なくとも郊外ということになります。

 この度の計画は、準備人の物理的状況から(岡山県在住)、初期の打ち合わせなどで行き来できる範囲ということで、瀬戸内海エリアの何処かという方向で話しを進めて行きます。

 物理的に空きスペースのある所と言えば、中山間地域です。瀬戸内海エリア(5〜6県)の中山間地域は、日本でも有数の過疎地域で、今の時点でも毎月2〜3集落が消滅している計算になります。将来的には、もっと加速されるでしょう。
 日本列島全体で見ると、現在過疎指定の自治体が1200団体ほどあり、30年もすればそれらの自治体の周辺部は殆ど無人状態になると思います。「白書」によれば、90年から95年の5年間のデータで5001集落から子供がいなくなっています。このことは近い将来、毎年1000集落(毎日2〜3集落)が消滅していくことを意味します。全国的にも次第に空きスペースは、増えて行く流れにはなっています。

 しかし、空きスペースが出来たからといって、簡単に入って行けるようになるとは言えません。一度無人化すると地権者を探すのが大変な手間となり、かえって土地の確保は難しくなります。相続が発生すると、一筆一筆に相続人全員の権利が発生し、その相続人は全国に散らばっているということも起こります。
 仮に地権者がはっきりしていても、農山村の土地は使わなくなったからと言って売るという考え方はありませんから、資金があっても買えるとは限りません。さらに農地の場合は、農地法の制限があり売地があっても農業資格者でないと買えません。

 このようなことからも、この度の計画では参加希望者(条件付の参加希望で良いのですが)がある程度集まった時点でプランを自治体に提示し、行政の協力を仰ぐ方法を考えています。
 過疎の自治体にとっては、条件付であるにしろ将来的であるにしろ、何十人かの移住希望者がいるというプランは検討案件になると思います。

 現行の土地制度のもとで、また農山村という社会において広いスペースを得ようとするなら行政の協力なくしては、無理だとも言えます。既存のコミュニティ(共同体)でも、何十人規模のものは大概行政の協力を得ています。

 例えば、滋賀県愛東町の「大萩茗荷村」という団体(メンバー70人)は、無人化した集落を丸ごと借り受けています。これは、台風の被害を受け復興が困難になった集落を自治体が丸ごと買い上げていたもので、官地を借り受けたものです。
 また、北海道の新得町にある「共慟学舎」という団体(メンバー50人)は、自治体から30haの土地を無償で借り受けています。

 これらの例のように、広いスペースは借りられないにしても、一部の土地でも自治体から借り受ける事が出来れば、その信用で民間の土地を借りるなり買うなりの道が開けて来ます。

 後で詳しく触れますが、この度の計画では先ず介護保険のグループホーム事業からスタートを切る予定にしており(グループホームの概略はホームページ参照)、グループホームの建物は自治体の遊休施設(廃校になった校舎など)を借りる方式で考えていますので、そういうプランに協力してくれるところが「癒しの郷」の建設地となります。

〈〈参考・・衣食住の自給性を上げる〉〉
 衣食住の自給ですが、取り合えず「衣」は除外して考えれば良いでしょう。今「衣」は安価ですし簡単に入手出来ます。また何かのことで2〜3年入手出来ない事があっても生活に大きな問題が無いからです。

 「食」の自給については当然のことですが、「住」についても自給が基本になります。
「住」の自給は思っている程難しい事ではありません。素人の技術に沿った住宅を作れば良い訳ですから。つい最近も看護婦さんが一人が作ったという家屋が雑誌で紹介されていました。(「住」については後の号で詳しく触れる予定です)

「住」が自給出来ないと自立性は低下しますし、不安定です。自立性をめざすコミュニティ(共同体)の生活は、生活に必要なものを現地で作っていく生活であって、現金を集める生活ではありません。したがって、「住」が自給出来なければ、自然災害や寿命で建物を失った時コミュニティ崩壊の危機にさらされます。この前(2000年10月)の鳥取県西部地震ても、家を失ったことで集落の崩壊が表面化しているところが沢山あります。中山間地域の生活も現物を作る生活に近く、現金を稼ぐ生活ではありません。それでいて、日本の農山村ではアメリカの農山村のように自分で家を作ることをしませんから、突然家を失うと再建の方法が無いのです。

 スタート時はともかく、その後の修繕や建て替えも業者に依存するのであれば、コミュニティ(共同体)の生活は、お金を稼ぐことが基本になり、今の社会生活と全く同じことになります。このような形態も考えられますが、「癒し」とは別の方向の生活です。

 なお、住宅を自給するというのは、コミュニティとして自給するということで、一人一人が住宅を作るということではありません。分業で得意な人が作れば良い事です。


・・・・内輪話ですみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今回は「癒しの郷」建設場所について、ちょっと具体的な話になっていると思います。あえて過疎地で自給生活の勧めのように書いていますが、「癒しの郷」入居者の年齢、生立ち、人生経験などを踏まえて、建設場所を検討しても良いと思っています。「癒しの郷」は良いけど、過疎地はねぇ、と思われる方が居れば、条件の合う場所を探せば良いのです。ホームページ参照の部分がありますが、まだ未完成の為、文字ばかりですが、お許し下さい。


**コミュニティ「癒しの郷」を創ろう**  8号 2000. 11/25