別の宿を求めて
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競争の無い暮らし・文明の作り方


更新日091101

 

プロローグ

 

 古代の人たちは、集団でいるときは個意識ではなく、グループ意識(集合意識)を使っていたようです。遺跡の集落形式からそのことが推測できます。
 動物も、単独でいるときは個意識を使いますが、群れになるとグループ意識を使っています、。そのために身体が接触していてもトラブルになりません。

 ところが、現代の私たちは集団でいるときも個人意識を使います。意識の拡張が出来なくなっています。したがって、衝突、トラブルが絶えません。それを避けるためにルールを作りますが、個意識にとってはストレス以外の何ものでもなく、全く解決になっていません。このようなことをいつまで続けるのでしょう。
 そろそろ、個意識とグループ意識を使い分ける技術を身につけて、ストレスのない平和な暮らしを満喫しませんか。他人を待つ必要はありません。そう思った人から始めましょう。

補足追加説明

ここに掲載した文章は、メルマガや仁慶メモ(有料ページ)からの抜粋です。

小冊子P22〜   P25〜

 

「小さな枠社会」の組立方

小冊子P20の追加説明

 

メルマガ245号(09.8.5号)抜粋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

○避難地に必要な機能

 避難地に求められる機能を詳しく説明しようとすると長い話しになりますから、今回は目次程度にしておきます。機会を見て具体的な話をしたいと思います。

(1)近くに知人がいること

 第二の人生のスタート地になる可能性が高いわけですから、近くに知人がいると心強いです。又、土地を取得してもすぐ移住しない場合、時々様子を見てくれる人が必要です。放置したまま地域に迷惑をかけていると、避難したとき地元の協力が得られなくなります。

(2)住民票が移動できること

 日本においては、住民票がないと何も始まりません。何家族かで避難することを考えると、親類の土地を一時借用する方法だと全員住民が移せないことも考えられます。そういう方法を取るにしても、一筆ぐらいは土地を買う必要があります。 今、失業などで、高速道路のサービスエリアで車中生活をしている人がいますが(水、トイレ、店があり生活しやすい)、住民票が無いのでその次の生活に入って行けません。不法占拠のような非難をすると同じことになります。

(3)水が得られること

 田舎で水を確保するのは意外に大変です。水道管がどこでも通っているわけではないからです。本管からの引き込費用が200万円、300万円というのは珍しいことではありません。ボーリング井戸(1本150万円前後)の方が安いケースも多いのですが、井戸の水量では現代人の水使用量に耐えられないこともあります。
 何家族かが避難することを考えると、浅井戸、深井戸(ボーリング井戸)、天水などの何系統もの水利用を考えておく必要があります。土地代より水費用の方が高くなることもあります。

 又、水には排水がセットになりますが、これも簡単ではありません。水道管と同じで下水管もどこでも通っているわけではないからです。昔は台所や風呂の排水は、敷地内の自然浸透で処理していましたが、現代人の水の使用量だと自然浸透では間に合いません。
 田舎に生活汚水を流すところはありません(農業用水路への排水は許可されません)自然浸透で処理できないほどの水を使うことが、地球摂理をはずれた生き方であると考えるべきです。

 避難地の機能を考えて行くとキリがないのですが、今回はこれぐらいにしておきます。避難地のコストは、土地代ではなく生活機能を作り上げるコストだということを知っておいて下さい。

 

  

有料ページ仁慶メモNo141抜粋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

○「畑買うて、皆で耕す」方法

 新しい暮らし方は、既存社会の外で組み立てるという考え方を基本にすべきです。フィンド・ホーンやダマヌール・・・など皆既存社会の外にあります。『フィンド・ホーンの魔法』には、「既存社会との関係に大きなエネルギーを費やすことがなかったので新しい暮らしが作れた」と言ったことが書かれています。
 既存社会の外には空家はないですから、住居が自分たちの力で作れるということが一つのポイントになります。ここでは、住居は自分たちの手で作れるを前提で手順を説明しておきます。

(1)生活したい地域(○○県、○○地方レベル)の中の、中核都市(人口10〜30万人ぐらいの地域の中心都市)を選びます。地図を開いて、エイヤーで決めてもよいです(笑)。これが、以後の生活の中でグローバル経済とつながる窓口となります。
 理想を言えば、この都市の中に前線基地(一つの拠点)を設けたいところですが、資金のこともありますから当初はこだわる必要はありません。後になって必要から作ることもできます。クモの糸サイトに図示しているように、現金収入を得るための拠点が必要になるかもしれません。

(2)中核都市から農村部の方向に20〜40Km(車で30分〜1時間)行ったところに住所を置く場所を探します。もっと都市に近くても良いですが、近いほど土地が高価です。これは既存集落の外がよいでしょう。ここに簡単な住居と物置を作っておきます。倉庫か作業場のような売り物件があれば、それを買って流用することもできます。しばらく生活するケースも考えられますから、車で5〜10分ぐらいの所に郵便局やミニスーパーがある所が理想です。100坪程度の広さで十分でしょう。この住所地を法人で買っておくと、その後の権利分散が行いやすくなります。

 ここまでの作業は1人でも進められますし、この段階で仲間を集めても遅くはありません。その方が事が進めやすいかもしれません。
 現実には、(2)の作業も大変ですから、これを完全代行で用意するサービスを考えています。このことを、メルマガ238号で少し紹介しておきました。

(3)住所地が決まり、年間何日か現地に滞在できる人が決まってから農地などを探します。住所地から10Km圏ぐらいで探します。農地を探す中で生活のベース地をどこにするかを考えて行けばよいです。スタート期はいくつかに分散して暮らすという方法も考えられます。

 

仁慶メモNo107抜粋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(3)美しい形には力がある

 共同体を形成してている「ア−ミッシュ」(プロテスタントの一派)が、アメリカ合衆国で大変な発展をしたのは、彼らの生活スタイルの美しさが大きく関係していると思います。

 普通に考えれば、彼らのような考え方をすれば国家追放になるはずなのです。合衆国の教育制度は拒否、兵役義務は拒否(罰則の強制労働は受ける)、それでいて合衆国の社会インフラは利用します。国家への寄生虫という見方をする人もいます。普通なら追放運動が起きてその国はいられなくなります。ところが現実には黙認された形で拡大し続けました。

 合衆国が追放という行為に出なかったのは、一つに彼らの質素で美しい暮らし方にあると思います。何らかの措置は取りたいと思っても、あの美しい生活を見ると思考が流れてしまうのだと思います。
 古いメルマガで「美術館の中でゴミのポイ捨ては出来ない」と書いたことがあります。波動の話しだったのでが、上位の波動は下位の波動を制すると言えます。合衆国の思い(波動)より、「アーミッシュ」の思想(波動)のほうが勝ったと言えるのでしょう。

 美しい共同体を作ったなら、それだけで近所の人は何も言わなくなると思います。噂話しも良い方向に流れるでしょう。美しさは絶対的な力です。
 ゴミが投げ込まれるのも、ヤクザに絡まれるのも、同じ波動部分があるからで、単にエネルギーのテレポートが起きているに過ぎません(同じ周波数ならエネルギーは多い方から少ない方に移動する)。波動という面から考えれば、バリアを張ることは意味がなく、波動でズレを作っておけば、袖すりあうこともないでしょう。

 

 

仁慶メモNo104・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 104 共同体とお墓(1)061212

 

 共同体のお墓は、一般的な言い方をするなら「地縁墓」になります。これはその土地で一緒に暮らした人が同じ墓(同じ墓地)に入るという形式です。今ではあまり聞かない墓ですが、古い時代は地縁墓が主流です(縄文時代の人は村の広場に埋葬されていますから、地縁墓の考え方をしていたと言えます)。2〜3年前ですが(新聞の切り抜きがあるはずなのですが、肝心な時出て来ません)、中世の頃の大規模な地縁墓が発見されました。このケースでは山の斜面にカメ(棺)横にして埋葬されていました。100個以上のカメが出てきたはずです。

 今のような血縁墓が主流になったのは、中世以降のことのようです。これは自我が強くなり、コミュニティより自分の親、自分の子の方に強い関心を持つようになったからでしょう。しかし、今でも地縁墓のところがあると最近読んだ本に紹介されていました。

 次ぎのイラストは、共同体のための一つのお墓プランです。共同体の精神、意識の置き方を考えると、このようなスタイルになります(一瞬の思い付きです。ゆっくり練り上げるともう少し洗練されたものになるでしょう)。

 

 

 

 図の中央にある丸い台(石)は、お供物を置いたりする台です。その回りにあるのが自然石を利用した墓石です(「癒しの郷」1号村については、敷地内に石がたくさんあるので、それを使えば良いと思っただけです)。墓石に名を刻むとすれば俗名でよいでしょう。仲間内の通称でも良いです。

  

〈 作り方、考え方 〉

 イラストを描いたとき、最初は中央の台だけを作っておいて、その台に墓石の配置図を刻んでおこうと思ったのですが、それでは単なるお墓で終わってしまいます。
 もう少し積極的、実用的に考えて、お墓兼グループの立体組織図にすることを考えてみました。

 意識面でいうと、人間関係に肉体の有無は全く関係ありません。故人の発信した情報が私たちのデータの一部となっており、私たちが発信した情報は未来の人のデータとなって生き続けます。
 共同体の文化は故人を含め、関係者全員が作り出した文化です。そのことを考えれば今、関係している人全員のシンボル=石碑(将来墓石となる)を並べておくというのがもっとも理に叶った形です。

 具体的な方法ですが、石碑(墓石)に名を刻んだら、名に朱色を付けておきます。これは生きている人の印です。死んだら朱色を抜きます。現在行われている方法です(参考・下の写真は私の身内の伯父の夫婦墓です)。

 

 この方法を使うと、最初はすべて朱文字になりますが、やがて朱色を抜いたものと入り交じることになりますが、これこそが共同体文化を示す真の形です。

 

〈 どこに作るか 〉

 理想はコミュニティの中です。屋敷墓と考えれば理は通ります。今の文化を作っている立体説明図と考えるなら、縄文時代のように広場の中に作りたいものです。
 しかし骨を埋めるとなると『墓地埋葬法』の関係で難しいでしょうが、骨を粉にすればこの法律は関係なくなります。同法は「焼骨」の扱いを定めているだけで、「骨粉」については何も触れられていません。その部分を利用しているのが、最近多くなっている自然葬です。骨粉なら海に散布しても法に触れません。
 粉にするなら、敷地内の石碑の下に埋めても違法にはならないでしょう。

 

●形のこと

 以前どこかで書いたと思いますが(私もどこに書いたか忘れていますが)、共同体をスタートさせたら、出来るだけ早いうちにトータルの生活(生まれてから死ぬまで)を形式化すべきだと思っています。
 人間は形を支えとして概念を組み立てています。宇宙空間のように形の全くない所では、概念が組み立てられないばかりか、意識さえ定まらなくなります。

 共同体の生活が、住形式の支えなくしてイメージ出来るでしょうか。そういう形式の中で、お墓の形式はかなり重要です。お墓の形式が生き方をサポートしているという面もあります。夫婦墓という形式があったので、死ぬまで夫婦でいられたのかもしれません。仮にお墓はそれぞれの実家に作るという文化であったなら、夫婦という関係はそんなに長く続かず、そろそろ実家に帰るか、で終わったかもしれません(笑)。

 共同体のお墓を研究している人はいないでしょうが、スタートを切る私たちはそれ以前の生活もあったわけですから、分骨方式で考えればよいでしょう(分骨というのは一般には骨の少量を宗派の本山に持って行き供養してもらう時に行います。内縁の妻であった人が一部を受け取るようなケースもあります)。つまり一部は血縁墓に、一部は共同体の墓にと考えれば良いわけです。

 

 

 

「競争の無い暮らし」の住まい考

 

 住宅は、生活する上で最も高価な道具です。これをお金で買うとするなら、従来の競争社会の中でお金を稼ぎ続けなければなりません。住宅が自分の手で作れることが「競争の無い暮らし」に入る第一歩です。

 

メルマガ224号(08.2.5号)抜粋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

○西洋人は、自分で家が建てられる

 私たち日本人は、料理は家庭で作って当然と思っていますが、それと同じ感覚で住居も家庭で作って当然と思っているのがロシア人です。
 ロシア人が自分で家を建てるようになったのは、ソ連時代に制度かされた「ダーチャ」(一定面積の自家用菜園を国家が貸す制度)がきっかけでしょう。土地は役所に申請すれば貸し与えられたのですが、それは全くの荒地でした。そのために借りた人が土木工事をし(道を作ったり、水路を作ったりし)、農地に改良し、そして、場所が郊外であったために、住居を作っていったのです。
 そのダーチャを、ロシア全世帯の8割が利用していると言いますから、8割の世帯が家族で家が建てられることになります。

 ドイツのクライン・ガルテン(郊外の個人菜園)も、菜園に建てる家(ラウベ)は自分で作るそうですから、ドイツ人もかなりの世帯は自分たちで家が建てられることになります。
 一般にヨーロッパ人の多くは、自分で家を作ることに抵抗感は持ってないようです。

 私が20代の頃で、ホームセンターの開発という仕事をやっていた時、欧米各国の『DIYハンドブック』を取り寄せたことがあるのですが、どの国のものにも家の建て方が詳しく説明されており、さすがの私もおどろきました。

 アメリカは、まだ開拓時代の記憶が残っている国ですから、自分で家を建てる人がいても不思議ではないのですが、『DIYハンドブック』から推測すると、ヨーロッパでもある程度の人は自分で家が建てられるのでしょう。工業社会の分業の暮らし方に一番乗りをした民族なのに、未だに自給自足的な暮らし方を温存していることに、何か人間的な興味を感じます。そのことが、共産主義社会の体制崩壊の際には、人々の生活を保険したわけですから、教訓として受け取るべきことかもしれません。
 今の日本で、経済体制が崩壊したら、太平洋ベルト地帯で巨大地震が発生したら・・・どんなこのとになるのかとつい考えてしまいます。

○自分で家が作れないなら地方の生活も危険

 日本では古代から社会分業が進み、近世に入ると農家でも、住宅建築は大工さんにまかせるようになっています。そういう専門家文化(「餅は餅屋」)になりましたから、日本では職人技術が高度に発達し、家は工芸品のような高度なものになりました。それが日本人の家の基準になり、家は素人には手の出せないものとなりました。
 今まではそれで問題なかったのですが、近年自然災害が多発するようになり事情が変ってきたと思います。

 住居が、自然災害などで寿命のくる前に壊れることになると、お金で作ってもらう(専門家にまかせる)生活スタイルは成立しないでそう。
 阪神大震災で住居を失い、再建を果たした人の中に、二重ローンに耐え切れなくなり自己破産に至った人がたくさんいます。しかし、経済の活発な大都市では二重ローンに耐えられる人もいるわけですが、これが地方だと、特に郡部になると、全員が難民状態になります。

 郡部には、一生に2軒の家が建てられるほど実入りのよい仕事はないですし、元々、賃貸住宅など無い所ですから、家を失ってしまうと本当に住むところがなくなります。当座の避難所、被災者用仮設住宅まではよいのですが、そこから先がないのです。仮設住宅の期限がくると住む所がなくなり、地元に仕事があっても賃貸住宅のある都市に出ていかざるを得なくなります。家が自分で建てられない日本人固有の悲劇ともいえます。

 ついでながら言いますと、農家はもっと大変なことになります。避難所に入ったときから自分の農地への行き来が難しくなり(幹線道路以外の復旧は後回しになる)。畑に野菜が育っていようと、ニワトリが卵を産んでいようと・・・手がつけられなくなります。
 そして、農業は作業場や倉庫などを必要とする自営業ですから仮設住宅では仕事にならず、設備一式が再建できなければ離農するしかなくなります。農地が残っているだけに、その後のことは勤労生活者より大変です。

 家が突然壊れたら、人生も壊れるという生き方(家は専門家に建ててもらうという生き方)は、今後社会的にも大きな問題になってくるでしょう。
 一つの例ですが、鳥取西部地震(2000年)で大きな被害を受けた日野町では、そのままでは住民が流出し(先のような理由からです)、人口を失ってしまうということで、町独自の判断で住宅再建資金を助成(1軒100万円)しました。その支出が7億円余りになり、今度は町が財政破綻になってしまいました。前町長が財政破綻予告をしたのですが、現在、職員を2割削減して耐えているとか。

 いつおきても不思議ではない東海・東南海・南海地震で、今回の「改正・被災者生活再建支援法」をまともに運用したなら、政府が先の日野町のようになるでしょう。しかも、それで被災者の生活が元に戻るというわけではありません。個人と国の両方が大きなダメージを受けることになります。
 生存条件である「衣食住」のすべてを、お金で買うという私たちの生き方を考え直す必要があるでしょう。特に地方においては、自由にお金が生み出せるような経済環境ではないわけですから、生存条件をお金で買うという生き方はそもそも矛盾しています。

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091101

第3章 新しい文明の作り方

小冊子P25を読む為の前置き

 小冊子『別の宿を求めて』の第3章は、「文明の作り方」の話です。あまりに非日常的な話ですから、少し補足説明をしておきます。
 以下のことを頭の片隅に入れていただいて、第3章をお読みいただくと少しはイメージしやすくなると思います。


 私たちは文明といえば、「狩猟・採集⇒農業⇒工業」という一つの流れで教えられましたが、まずこの考え方を修正していただくことからです。教科書になかった文明を紹介します。

○「モホス文明」は超農業のコミュニティ連合文明

 私たちが教えられた四大文明(4〜5千年前)よりさらに古く、しかも巨大な文明として、南米の「モホス文明(5千〜1万年前)」を認めざるを得ないようです。これは、アマゾン川の上流、ボリビアのモホス湿原にあった文明で、20世紀始めに発見されたのですが環境条件も悪く詳しい調査はされないままになっていました。
 しかし、21世紀になって「衛星考古学」という視点から調査されるようになって、その巨大さを知ることになりました。日本の本州と四国を合わせたほどの広さに文明の痕跡が広がっています。

 モホス文明の物理的形態ですが、湿原の中に人工的に作られた直径数十m〜数百m(所々に直径1Kmに及ぶものがある)の丘がが2万個ほど見つかっており、これが生活地です。丘と丘は直線の道路で結ばれており、道路の総延長は5千Kmといわれています。
 丘の周囲には、農地と思われる直線の畝(数百mから1Kmの長さ)が何列にもストライプを描くように作られています。
 又、所々に、四角に作られた人工湖があり(2千個ほど発見されている)、養殖利用といわれていますが本当のことはよく解っていません。

農地と思われる畝 人工の丘と直線の道路

 モホス文明の政治的な特徴は、中央集権的な体制ではなくコミュニティの連合体のような体制であったようです。その理由は、推定人口2百万人に見合うような政治エリア(少なくとも数十万人が集合していたエリア)が存在しないからです。大きな丘でも直径1Kmですから、都市のような土地利用をしたとしても1万人程度しか暮らせません。この人数で2百万人を統治するのは無理です。
 この文明を考えるとき、「アーミッシュ」のコミュニティの拡大方法と統一法が参考になります。おそらく、分家コミュニティを作るような方法で、何千年という時間をかけて巨大な文明になったのでしょう。この文明は工業に向わずスーパー農業に至った文明と言えます。
 とにかく、過去に中央集権でない巨大な文明があったわけですから、小冊子『別の宿を求めて』の第3章で描いた、「小さな社会の連合社会」という文明の可能性もあるといえます。

○「アマゾン文明」は『老子』の説く理想社会か

 私の興味をそそるのは、モホス湿原の下流にあるアマゾン川流域の未知の文明です(考古学では文明とは認めていないようですが・・・)。この文明の痕跡は、無数に存在する1ha弱(2500坪ほど)の肥沃な畑(テレ・プレタ)のみです。年代測定からは、7千〜2千五百年前に作られたと言われていますが、トータル面積は日本の1.5倍になります。これも巨大です。

 この畑は、動物の骨や炭が通常の土壌の5〜8倍あり、マンゴー、パパイヤ、コーンなどの栽培に適しており、通常の3倍ほどの速度で成長するといわれています。この文明の科学的調査も始まったばかりで、畑の成分を調べた報告では、この畑は自己再生する力があり施肥しなくても40年以上耕作が続けられるはずだと言っています。この文明も工業に向わずスーパー農業に達した文明です。
 畑と畑を結ぶ道路などの痕跡は発見されていないようですが、元々無かったのではないかと思われます。無数に存在する小さな畑を道路で結ぶとなると、何万Kmもの延長になり、その建設・維持コストを考えるメリットはありません。

 畑の能力からいうと、一つの畑で100人ぐらいの食が生産できますから、それぐらいの人数のミニ社会が、無数に散在する文明であったのではないかと思われます。(人種的には全く別ですが、アマゾンには今も少人数で自立した部族社会がたくさんあり、前文明の形式をコピーしたのかもしれません)
 『老子』に説かれている理想社会の章では、「隣りの社会が鶏や犬の声が聞こえるほど近くにあっても、生涯行き来することはないだろう」という表現になっています。これは大きな社会の中にミニ社会が在るというのではなく、すぐ隣りにも似たような小さな社会があることを想像させます。しかも、描写が具体的で実際にどこかにあった社会を見てきたのではないかと思わせます。

 実は、先のモホス文明の丘からは、日本の縄文土器や土偶とそっくりなもの、メソポタミアと同じ文様、黄河文明と同じ埋葬法、シュメール文字、楔形文字・・・・などが出てくるのです。今から5千年ほど前の時代は、地球レベルで行き来していた事を思わせます。
 このような事から、『老子』のリアルな記述は、実際にアマゾンあたりの文明を見たことによるものではないのかと思ったりするわけです(ここだけの話ですが・・・・)。
 なお、北米の古代文明も独立した部族社会の文明で、中央集権的な国家文明ではなかったと考えられています。新大陸側には中央集権的な文明を求めなかった人々がいたのでしょう。

 学問的には、建物や生活具などが発見されていない暮らしを文明とは認めませんが、そこに学問の落とし穴があるのではないかと思っています。良寛は、すり鉢一つで味噌をすり、米をとぎ、手足を洗ったと言われています。時世の句も、「かたみとて何残すらむ 春は花 夏ほととぎす 秋はもみじ葉」です。人間として残さなければならないものなど何もないと言っています。こういう人の跡地から出て来るものは割れたすり鉢ぐらいです。それを根拠に文明人は住んでいなかったと言ったら明らかに間違っています。
 一幅の書があれば、良寛の意識レベルは解ります。同じようにスーパー農地一つでアマゾンの文明レベルも解ります。こういう見方をしないと文明の評価はできないでしょう。

○中南米の文明はスーパー農の文明

 これは私の見方なのですが、モホス文明には本家といえる文明が別の所にあって、そこから分派したものがあえて人の行きにくい湿原を選んで新たな文明を作ったのだと思います。
 そのように考えるのも、タイに湖上で暮らす部族があって、その部族の歴史によると、500年ほど前に部族争いが起きて、それからのがれるために湖上に暮らすようになったとありました。おそらく、それと似たような理由で湿原を選んだのでしょう。

 そして、そのモホス文明からさらに分派した人たちがおり、意識を向上させた人たちがアマゾン文明を作り、下降させた人たちがアンデス文明(インカ、マヤ、アステカ)を作ったように思われます。
 なぜ一連の文明なのかと言いますと、以下のことが共通しているからです。

(1)人の行きにくい場所を選んでいる
(2)農が発達している
(3)車輪を使っていない
(4)鉄を使っていない

 次に、なぜ意識の上下が考えられるのかと言いますと、同じ特色を持つ文明なのに、アンデス文明はモホス文明以上に建造物があり、逆にアマゾン文明には農地以外のものが何も残っていないからです。物質的なものが少ないほど意識が高いと考えられます。
 アマゾン文明を作った人たちは、あのスーパー農地を使って定住したまま採集の生活をしていたのだと思います。

 なお、農が発達した文明になったのは、先の(3)、(4)と深い関係がありそうです。
 オーストラリアのシャウベルガー(1885〜1958年)という天才が、「回転運動や遠心的加速によるエネルギー変換は効率が50%以下で、副産物である摩擦熱や音が地球環境を破壊するので、将来(30年の内に)砂漠化や温暖化を招き、食料は枯渇化し良質な水はなくなる」と言い残しています。私たちの現実は、彼の予言通りになっています。

 彼は、自然界のエネルギー増幅は竜巻や台風に見られるように、外から内に向かう求心力によって作られているとして、その原理を活用した様々な装置、道具を作っています。そして、そのどれもが桁違いの能力を持っており、その能力を利用して反重力装置まで作っています。
 また彼は、水の法則にも精通しており、抵抗値がゼロ、もしくはマイナス抵抗のパイプも作っています。その彼が、「鉄分は土中の保水力を悪くし、酸化すると有害な病原菌を発生させる」と言っています。

 中南米の文明は、彼が環境にダメージを与えると言っていた回転運動と鉄を使っていない文明なのです。彼と同じことを知っていた(感覚的に解っていた)のでしょう。農の進化はそれとリンクしたものだと思います。

 

 

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